まだ見ぬ世界の処し方を・4
指輪戦後を勝手に捏造しています。
いつだって女と子供はキレイなものが好きだ。
それはそれはもう、あからさまなほど、当たり前だとでも言うように。
生後一ヶ月の子供だって、見ているものが綺麗かどうかはすぐにわかる。首が据わって外に出て、近づいてきた顔が母親に似ていればもちろん、声が似ていれば安心する。そのあとで子供が好むのは本当に何故なのか、綺麗で整っていて可愛い顔。赤ん坊でなくなってからだってすぐ、ものごころがつけば女なら特にそう、綺麗な顔は免罪符になる可能性は高い。子供と女は綺麗なものが好き、両方備えていればなおのこと。そうして綺麗な子供はいつだって、子供と女の恩恵を受けることになるというのは、それはもう世の常であるのだろう。

異国の地から物騒な任務を実行するためにこの極東の大地に降りたった白銀の暗殺者は、今は傷だらけで手負いの獣。包帯のあとも生々しく、しかし銀の長い髪がどうしたって黒髪黒目の国では人目を引く。しかもそれが乗っかっているのが日本人とは思えないほどの背の高い、手足の長い、スタイルのいい、そして髪の下の容貌も、それこそ異国人が大好きな、この国の人間にとっては麻薬のようにうっとりとさせるに一瞬あれば足りる、灰青の瞳と高い鼻、薄い唇に白い肌なら、公園に散歩にやってきた母親だけでなく、カートの中であたりをきょろきょろ見ている赤ん坊だって一発でトリコになる。
そんなことに気がつかなかった自分が多少はうかつだと思ったが、しかし予想はそんなものではなかった。
家光は気がつくと家の中ではすっかり外様になっていた。迂闊だった。本当に。まさかそんなことになると思っていなかったというのは本当に言い訳だ、信頼というのとは違う、それは怠惰だ、怠慢だ。愛情は磨いて育てなければすぐに手近にあるものにすり替わる。
長年音信不通だった息子が、自分に全面的に好意持っているわけではないことに気がつくべきだった、なんといっても現在は、反抗期真っ只中の14歳。
大人になって親になると、すぐに人は自分の子供時代を忘れるが、それは自然の摂理でもある。覚えていたら叱咤激励など出来ない、一度は棚の上にのせて忘れたい。子供に戻るのは自分の親の前だけでいいのだけれど。

最愛の妻ですらあっという間に懐柔されて、自分の息子を殺されるかもしれない目にあったことなど知らず(教えないのだから当然か)、気がつけばパパが悪い、そんな酷いこと言わないで、怪我してるんだから気をつけてやってよあたりまえでしょ、そんなの当然じゃない、そんなことも出来ないの、そうね昔からパパは配慮が足りないのよ、ツナくんが生まれたときだって私に何をしてくれたのか覚えてる? 戻ってこないことはしかたないとは思ってるわ、でも許していると思わないで。ねぇあなた、あなたは私は怒らないとでも思っているの、私は神様じゃないわ、ねぇ、もしそう思ってるとしたら、それってあなたが私を見ていないってことじゃないのかしら。それを怒らない女なんてこの世にはいないのよ、知ってる? もし知らないなら世の中の半分の人間の顔を見ていないってとになるんじゃなくて。
積もり積もった不満の量はとんでもない山の頂で、ああ、やばい火山を噴火させちまった、そう思ったのはどっかんどっかん噴火して炎があがってまっかっかになった後の祭り、だった。
文句は全部言わせないと後を引く。特に女を懐柔するにはそれが必要、攻撃されているわけではないとキモに命じても、「いや、そうじゃない」といいたくなってしまうのを、渾身の理性で押しとどめる。落ち着け落ち着け、これは攻撃じゃない、責められているんじゃないだ、ただ聞いて欲しいだけだと、そう何度も何度も言われたじゃないか……部下の女の子たちにさえ、同意してくれればいいんです、別に意見なんか求めないんだから。どうせ男に相談したって聞いちゃいいないことなんかみんな女は知ってるわ、そういうことをたよりにしてるんじゃないんですよ――そういわれたじゃないか。
家光はそうして、数年の間に積もり積もった奈々の愚痴を黙って聞くという苦行を、自分の行為で引き当ててしまったわけだが。




「辛い……」
「じごーじとくだ、バカやろーめ」

赤ん坊は容赦ない。

歯に衣着せる言い回しなど絶対に、特に男になんかするひつよーあるのか? ねーだろ、と言ってはばからない生粋のイタリアの伊達男、ヒットマンの名そのものがタグ代わりの黒の赤ん坊は、直接雇用契約関係にあるボンゴレファミリ―の、門外顧問相手でも、自慢の毒舌をひっこめようとする気配はまったくない。当然のように手加減もしない。舌鋒でもヒットマンの名は健在で、家光は今にも息の根を止められそうだ。

「うう……あんなに味のしないメシはなかった……」
「あんなになるまで女をほーっておくなんてーのは、オスの怠慢なんだからしかたねーぜ」

ぐさぐさ刺さる赤ん坊の指摘は鋭い。加減はない、さすがにダースで囲っている女たちに、愛を乞われるだけの男は言うことが違う。

「女と子供はキレーなもんが好きなんだからしょーがねーな。ナナはいま、子育て中のマンマだかんな。マンマは怪我してるガキなんぞ、みたら、守りたがるに決まってる。それこそ全力を使って守るからな、そう簡単に手はだせねー」
「ガキ? あいつ二十二の男だろ」
「ガキだぜ。十四のときから全然かわってねー」
そういう赤ん坊は十四の頃のまだ青い剣士を知っている。つまりは結局そういうことで、赤ん坊の外見は完全なるフェイク、実際の年齢が何歳なのかは家光もさすがに知らない。それを知っているのは同じ呪われた赤ん坊たちだけはないかと内心思っている。
「そうか? えっらいハクい面になっちまって、とんでもねぇ美人になったとは思ったんだがなぁ」
「十四のガキのまんまだからじゃねーか。外側ばっかキレーになりやがって、中身はガキのまんまだ。あーゆーのが男を狂わす希代の悪女になるんだぜ」
「……そうかもな………」

その頃の剣士のことを家光は思い出す。知っているから忘れられない、どうしても。
当時、あんな判断をした九代目を、家光の理性は同意しかねていたが、感情は正しく理解していた。家光はまだ若くて、会うたびに大きくなる子供は可愛くて、パパと呼ばれることが嬉しくて、この命を守るためなら何でも出来るんじゃないかと思っていた。そう、本当にまだ若かった。
あの白銀の剣士も若いというにはもったいない、幼いとすらいえる年齢だった。それでもすでに一人前に、各地をめぐって修行して、剣帝を倒してヴァリアーに入っていた。人生を賭ける相手を探して探して探していて、ひょんな偶然で見つけてしまって、とっくにその短い人生を捧げていて、長い人生を捧げる覚悟をしてしまっていた。今の息子と同じ年だ。
ガキだというならガキなのだろう、十四歳なんてまだまだ子供だ。しかしベローナの貴族の娘と息子のように、血気にはやって自らの胸に刃を突き刺すことを厭わない嵐の年齢でもある。ヒースの荒野を夜をかけて越えてゆき、狂おしく窓をたたく奴隷の執着も、おそらくはそれくらいではなかったか?
そう思えばおそろしい、なにをしでかすかわからない。その年のままでここまできてしまったとしたら、それはもう、確かに。

「ガキで、手負いで、あんだけキレーな顔してりゃ、フツーの女はなびくだろーな。あんなナリでもイタリアンだ、女の扱いは日本人の男になんざ勝負になんねーだろーよ」
「リボーン、怖いこと言うなよ」
「女ならな。どっこい、ナナはツナのマンマだからな。マンマのほーが女よりやべーぞ、世の中の男は全員、相手にならねー相手じゃねーか」
……確かに。
「しかもマンマはガキを守りたがる。それはもう本能だからな。ナナはおめーのせーで、全然女の役目をさしてもらってねー。ずっとマンマで、キサマもマンマにしてやがる。そんな女がオスのゆーことなんぞ聞くわけねーぜ」
そうかもしれない。長く家を開けて、一人で子供の面倒を全部おっかぶせてきた。それを一人でこなしてきてしまって、すでに奈々の中には、家光に何かを求めたり頼んだりしようという意識はないのかもしれない。つまりはこの家では家光こそがお客さん、なのだ。
「肝心のツナのほうも、いきさつはともかく、怪我人にはふつーに同情してるしな。あいつはそーゆーヤツだからしょーがーね。キサマの種にしちゃ、すげーあめーがな」
いちいちはいはいごもっとも。ぐさぐさ刺さるヒットマンの舌峰は、まさに正宗の切れ味そのもの、一撃必殺、急所ははずさない。
息もたえだえでこっちが死にそう、いままでの所業を思えばひどいことしている自覚はそれこそ、ダース単位で安売りしたいほどだ。
「ま、あいつがそういう女に手を出すよーなタマでなかったことを神にでも感謝するんだな。これもおめーのための修行だと思って耐えろ」
「うう……ごもっとも…キサマ本当に加減しねぇな、リボーン」
「してもらいてーか? 俺は女にしか優しくしねーから無理だけどな」
「無理だってことわざわざ言いに来るなよ…」
「おめーがヘコんでるのはおもしれーからな」
そういって、ヒットマンは知らん顔で家光の座っているソファから飛び降りる。奈々は先に寝てしまった、今日は日曜日の夜。昼間綱吉と一緒にスクアーロを公園に連れて行ったという話が、夕飯の食卓にのぼった時につい一言、余分なことを口にしたばっかりに。
人のいるところに行ったので疲れたと、先に寝てしまったスクアーロがいなかったせいで、食卓は氷点下のブリザード。頼みにしていた息子は寒風最初の一吹きを、知っていたのか知らぬのか。早々に食卓を引き上げて、軽くつまめるなにかとポットにカップ麺という組み合わせを和室に運んでそのまま退散した。
逃げ場はない。まったくない。逃がしてもらえそうな気配もないまま、食事しながら延々と、奈々の愚痴大会になったのを耐えてこらえてそのあとで、酒を出して口に入れて、ようやく一心地ついたところ、だったのに。
「まぁ客がよく遇されるのは悪いことじゃねーからな。おめーはスクアーロが帰った後でフォローしろ」
「…それが大変なんだって…!」
「そんくれーの苦労は男の甲斐性だ。泣き言いってるようなんじゃマフィアの風上にもおけなーな」
「うう…」
「日本の男は手間かけなさすぎるんだからしょーがねー。女でする苦労なんか最高じゃねーか」
「なんだか何を知っても貴様に負ける気がしてきたぞ……」
「あたりめーだ。正妻のひとりも満足させてやれねー男なんぞクズ以下だな」
「はいはい…」
もう何を知ってもリボーンの毒舌が戻ってくることは確実だったろう。勝てるわけがない。
家光は諦めて、薩摩白波をくいっとあけた。リボーンはカフェをゆっくりと口に含んだ。
つまみのピーナツをぼりぼりかじりながら、家光はほおっと酒臭い息を吐く。家で晩酌するのも久しぶりだった。そうだ、あの男が家に来てからは、念のために一度も酒を体にいれていない(厳密に言えば料理でアルコールは使っているかもしれないが)。

「こんなことになるとは思わなかった…」
「だからおめーはあめーんだよ。十四でボンゴレの次期後継者をメロメロにしたよーな特上のハクい美形に、日本のふつーの女子供が勝てるわけがねーだろーが」
「わかってたならなんで俺が提案したときに言ってくれなかったんだよ…」
「言うわけねーだろ、こんなおもしれーもん。幸い、ツナにもえれー勉強になったらしーしな」
「へいへい。…ツナは、同情してるだけなのか?」
「してるだろーな、めいっぱい。最初は何してもひーひーわめいてうるせーばっかだったけどな。おとなしくしてりゃあんだけの美形だかんな、青春真っ只中の男子には刺激つえーだろーな」
「な? ツナにはそーゆー趣味はないぞ!」
「はぁ? 何言ってんだおめー。ふつーは色気ついたマンマとの関係を疑うべきじゃねーのか」
「…そっちかよ…」
「あーゆーのによろめくよーならツナにも見込みがあるんじゃねーのか。強い男に引かれるのはオスとしちゃーフツーだろー? 怯えてびくびくしてるだけならしょーがねーだろーが」
赤ん坊はエスプレッソをこくりと一口。今日はずいぶん饒舌で、普段の倍は語って話す。口が滑らかになるのは気に入っている証拠かその逆か、表情がほとんど変わらないこのヒットマンとのつきあいも大分長いが、そのあたりはまだいま少し読み取れない。
「……あっちのほうはどうなってる?」
「大分元気になったらしーぜ。口を割らせるのはまだらしーが」
「言うのか?」
「バイパーは金で口を開くと思ってたんだがな、……警戒されてる」
「拷問?」
「アルコバレーノにそんなことしてみろ。どうなるかわからねーぞ」
「…そうなのか?」
「わかんねーんだよ、そんなことは。いや、バイパーは知ってるのかもしれねーがな」
「なぁリボーン」
「質問は聞かねーぞ」
「まだ何も言ってないだろ」
「アルコバレーノの秘密についての質問は答えられねー。だから問うな」
「……わかった」
まだ彼と、生きて酒を飲みたいのなら。
「まぁおめーもよーやくわかったんじゃねーか。あのガキがあいつを手放さねーわけがな」
「俺は奈々のほうがいいよ…。いくら綺麗でも男だろ、あいつは」
「ナナはおめーには出来すぎだ。誠心誠意をこめて機嫌を取るんだな。少しはちゃんと、マンマじゃなくて女にしてやれ」
「わかった……」
「じゃ、おれはもー寝るぜ。せいぜい考えろ」
カップを置いて赤ん坊は部屋を出る。晩酌の片付けとカップを洗うのことはきちんとやって終わらせよう。そうでもしないと明日の朝、どんな冷たい嵐が吹き荒れるかわからない。外様になってしまったのは自分の怠慢だと、ようやくはっきり自覚した。
はぁ、とため息。家の中は静かだ。二階でまだ息子が起きているはずなのだが音がしない。
もう一杯を酒を注ごうと思ってやめた。手負いでも獣が同じ屋根の下にいる、判断が鈍れば喉を掻ききられる可能性はなくはない。
公園で散歩する銀髪の長身の外国人と自分の妻と息子。そんな構図を頭に思い浮かべると、どこかもやもやした気分になった。
もうすぐ休暇も終わる。手負いでなくなった獣に鎖をつける作業をしなくてはならなくなる。
彼らの絶望を当然だと思いながら、それを大人の顔で裁こうとする自分に、家光は少し吐き気がした。

2009.2.13 
バレンタイン前になんてもんアップするんでしょうか…。さわだけ!

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