死んだ子供の年を数える


「死んだ子供の年を数えるほど、むなしいことはないって言うのよねぇ」


そんなことを言いながら見上げるオカマの視線の先には、ヨーロッパにはほとんど見かけない手孟宗竹の大きな枝がしなだれかかっている。枝先には色とりどりの紙になにがしかの言葉が書かれ、極彩色の爪で彩られた指先には、夜空を映したような薄い青いカクテルが揺れる。

「それって子供を亡くした親の嘆きを言う言葉じゃかったっけか」
「そうともいうわねぇ。マーモンちゃん、生きてたら少しは大きくなってたかしら」
「さーねー。わかんね。幼女かガキくらいになってりゃ、その言葉も意味があると思うけどさー」
「そうよねぇ、今も赤ん坊だったら意味ないわー」
そんなことを言うルッスの、カクテルにさされたオリーブをスティックから引き抜いて、金髪の王子はもぐもぐそれを口に含む。
「さぞ綺麗な子になってたでしょうよ、って思えないのってつまらないわー」
「そんなもんですかねー」

何時の間にやってきたのか、二人の背後にカエルの被り物をした、細い体の青年が立つ。子供の顔をしてはいるが、術士の年齢は外見とはあまり関係がないことが多い。彼の本当の年齢がいくつなのか、それを知っているのはおそらく、彼らの王ただ一人だけだろう。

「あらいたのフランちゃん」
「いましたよー。つか一緒に来たじゃないですかー」
「そうだったわね」
「そうだっけ?」
「堕王子はオリーブが好きなんですかー? それって食べるもんなんですかー?」
「おまえ食ったことねぇの?」
「ミーはイタリアンじゃないのでオリーブのよさがいまいちわかりませーん」
「あっそ」

そんなことを言う青年は酒を飲まない。人前で酒を飲んで精神的に乱れるなんて、術士のすることじゃありませんと、いつもの口調で言われたわね、とルッスーリアは思い出した。
今日は甘いサイダーを飲んでいる。彼の好みはグレープフルーツなのだが、酸味が強いと混ぜ物の味がわかりにくいので、外では炭酸水ばかりを飲むのだ。

「しっかしこれなんなんですかねー?」
「なんでも七夕っていうものらしいわよ。東洋では数字が重なる日が重要な日なんですって。特に奇数がいいらしいわよ」
「それで七月七日なんかー」
「それに中国の伝説が混ざって、一年に一度出会える恋人たちに願いをかけるようになったんですって」
「へー? なんだかよくわかんねーイベントじゃんー?」
「ようするにただパーティをしたいだけなんじゃない? そろそろバカンスシーズンになるし、喝入れるつもりなんでしょ、ドンは」
「喝っていうか、顔見たいだけじゃね?」
「本当のこと言うのは大人のすることじゃないと思いませんかー王子(仮)」
「かっこの中身まで口に出すなよ」
「ゲロッ」

笹の陰に隠れるように立つ三人は、パーティの招待客であるので、普段の護衛の任務の姿より、きちんとした正装でいる。
もちろんルッスが極彩色のカクテルドレスに、10センチを越えるピンヒールを履いていることを含めても。

始まったパーティはバカンス前のさんざめく楽しみに満ちている。これからの夏をどこで過ごすのかは欧州の人間にとっては重要な懸案だ。
もちろん後ろ暗い彼らも例外ではなく、マフィアもバカンスで国を出たり移動したりで、どこかのんびりとした雰囲気が漂う時期になる。
それに乗じて暗躍する不穏な輩も数多いので、そちらを主に担当する部署であるヴァリアーの面々は、みなが休みの時期が実は一番忙しいのだが。

表の仕事もこなしている、ヴァリアーの王は昨日までの仕事の疲れでいくぶん顔色が悪かった。
酒もあまり進まないのを、隣で生ハムのオードブルを取り分けながら、銀の副官が様子を伺ってきた。

「どうしたぁ、あんますすまんでねぇなぁ。大丈夫かぁ?」
「食いたくねぇ」
「少しは腹に入れとけぇ。昼からろくに食ってねぇだろぉ」
「酒がまずい」
「疲れてるからなぁ、……帰るか?」
「帰れねぇ」
「だからぁ、これくらい入るだろぉ…?」

そう言って、皿に取り分けたスモークサーモンとケッパーを寄越してくる。ザンザスはいやそうにそれを見下ろして、諦めたように口を開いた。小鳥にえさをやるように、スクアーロがフォークでサーモンを突き刺し、ザンザスの開いた口の中に落とす。
咀嚼している姿を見る。もくもぐと数回噛んで飲み込む。終わったらまた口を開くのを見て、また次のサーモンを落とす。唇に落ちたドレッシングを、白い手袋が懐からリネンのチーフを取り出して拭き取る。

「もっと食うか」
「よこせ」

あー、今度は逆のことすんだー、と周りの人間の視線が、たいへん、たいへんさまざまな感情を含ませつつ、慎重に、注意深く反らされた。
これ以上はみているだけ無駄なのだ。
無駄というより見ているこちらのほうが、なんだかいたたまれなくなるというか、なんだか眉間に皺がよってくるというか、なんというか、なんだというか、その――。

「おまえももっと食え。そうじゃなくても夏になると痩せるんだから気をつけろ」
「そうかぁ? そうでもねぇと思うけどなぁ」
「骨があたって痛ぇ」
「そっか」

自分も疲れた顔をしている癖に、ザンザスは自分では食べないチキンのフリッターをどんどんスクアーロの口に放り込む。スクアーロはそのせいで、声をあげることも出来ず、黙りこんでもぐもぐと口の中の肉を咀嚼していた。

「あれ絶対意識的にしてるよなー、ボス」
「してますねー、さすがに口の中にもの入れてると黙ってますね、アホ隊長も」
「黙ってれば綺麗なのにねぇ」

背後で部下がそんなことを言う。

「あいつってああいうことするよーな男だったんスか?」
「あー、……うーん、……す、る、……かも? というかしてる、かも?」
「えー、けっこうしょっちゅうしてねぇ? 俺よく見るけどなぁ、スクアーロに酒渡してやるとか、エスコートしてやってるのとかさ? 獄寺見たことねぇ?」
「……俺はあんまり……っていうか……」

それ間違いなくおまえに見せてるんじゃねぇの、とは流石に、十代目とその側近は口に出せなかったので、困ったようにただ、笑うことしかできなかった。

「なぁ」
「ん」

次のスライスオニオンをフォークに寄せて、スクアーロが飲み込むタイミングを計っているザンザスに、口を動かしている間を縫ってなんとか、言葉を繋ごうと口を開く。
さっきからボスが際限なく口に物を詰め込みたがるのは、自分に何も言わせたくないからだろうな、とスクアーロは思った。
痩せてしまった自覚はないので、ボスがそう言うのはたぶん方便なのだろうは思っている。
だがまぁ、こういうことをしたがるのはわからなくもない。
こうやってスクアーロをダシにして、見合い話が来るのを断る口実にしているのだ、とスクアーロは思っている。
マフィオーソじゃなくても、一般青年男性として、そろそろ結婚でもして、子供作ったほうがいいと思うぞぉ、などと半分本気でスクアーロは思っているのだ。まだ。

「七夕のオリヒメとケンギュウってのはさ、年に一回は会えるんだろぉ?」
「そういうらしいな」
「だったら別にいいとおもわねぇかぁ? 毎日顔見てれば飽きて嫌になることもあるだろうけどよぉ、年に一回だったらいつまでだって新鮮だろぉ? 願ったりじゃねぇか?」
「そっちかよ」
「子供でも出来れば一年なんかすぐだろぉ? 年に一回だったらどんだけでも情熱的になれるだろうから、別にいいんじゃねぇの」
「おまえはそれでも我慢できるのか?」
「へ」

ごくんと飲み込む姿があまりに一生懸命で、ザンザスは喉で骨が動くさまを、つい真剣に見てしまった。
そちらに気を取られていたので、つい、思ったことが口から出てしまった。

「年に一回会えるんならいいじゃねぇか。生きてるってわかってるんだし、十分だろぉ?」

割と予想通り、に近い言葉がその、脂にまみれた唇からぽろりとこぼれてきたものだから。

予想通りだったことにザンザスは腹がたち、なんで腹が立っているのか、といことに思い至り、その理由にも思い至り、さらにはそんなことを言うこの男の過去に思い立って、更に更にザンザスは腹が立った。
腹が立ったので、とりあえず思いついたことをすることにした。
怒りはいつもザンザスの理性を吹っ飛ばす。
いまだにザンザスはそういう性質で、誰もそれを咎めないものだがら、結局今もそのままなままだった。













「………今見たこと忘れる方法ってないのかなぁ、獄寺くん……」
「こういうときだけくん付けで呼ばないでくださいよぉ十代目ぇ………」
「………ちょ、俺」
「どこ行くんだよ山本」
「……聞かないほうがよくないかな、獄寺くん……」
「あー、………はい………」
「ヴァリアーのひとたちみんな帰っちゃったね……あの状況ですごいなぁ……」
「プロですねぇあいつら」
「……あっちでもあんななのかなぁ……」
「じゃねぇんですかね、あいつら」
「慣れてるわけかぁ……はは、膝が笑ってる」
「大丈夫ですか十代目」

濃厚なキスで半分意識が朦朧としている側近を、ほとんど抱きかかえるようにして退出する前に、それこそ普段は隠しているおいろけフェロモン大全開大サービスなザンザスに、最後の挨拶を壮絶な流し目で返された十代目ドン・ボンゴレは。
その過激な艶気に体中の力がへなへなと抜けてしまい、隣の獄寺の肩を借りてなんとか、彼の姿が見えなくなるまではどうにか、座り込まずに挨拶を返すことが出来た。
立ち去った直後に膝ががくがくして、、本気で立てなくなりそうで、後姿が見えなくなったらとたんに、座り込みそうになるのを、真っ赤な顔の獄寺隼人とささえあって、腹に力を入れてふんばった。山本がとっとと戦線を離脱したのは責められない。今頃トイレの個室で大変なことになっていることを、ほんのすこしそんな気分になった二人はさりげなく推測して、はぁ、とため息をついた。

「相変わらずなんかすごいね、ザンザスは」
「人前だってことも憚らず、まったくしょうがねぇヤツらだ」

二人が立ち去ったドアの前に、重たそうに願いごとを書いた短冊が下がる笹が見える。
うなだれたしなやかな枝が、色とりどりの願いをこめて、それを身にまとって飾られていた。

「今日は七夕だからね、恋人たちの逢瀬には寛容になったほうがいいんじゃない?」
「バカップルのやるとこにいちいち目くじらたてても、バカ見るのはこっちですからね…」

困ったように笑うドン・ボンゴレには、壁際で話をしていたヴァリアーの幹部と、同じことをさっきまで考えていた。今日に生誕の日を持つ虹の赤ん坊のことを、彼の「本当の」姿を、彼の「こうであったろう」姿を。

今はここにいない人のことを考えるには、誕生日というのが一番、やるせないと綱吉は思う。
死んだ日よりももっと、生まれた日のほうが、故人を偲ぶには、ふさわしいが狂おしい日だ。

――そんなことを考えて、ああ、そうだったんだっけ、と綱吉はそれを思い出した。

こんなことを感じるようになるはるか昔、それこそまだ子供の時代のそのころから、銀の副官はそんな日々を、長く、長く、過ごしていたのだ。
こんな気持ちになることを、まだ十代の浅い時期から知っていたのだな…と、そんなことにふと、思い至ってしまえば。

「まぁ、いいもの見られたと思うことにしたほうがいいかもねー……」
「十代目ももうちょっとびしっと言ってやってくださいよ」
「えー、ヤダよー」

赤い瞳の夜空の王も、月の瞳の闇の寵臣も、どんな願いを書いたのか。
知りたいけれど知らないほうがいいような、そんな気がして綱吉は目を伏せた。
今頃二人は帰りの車の中、まるで何かの絵のように、肩を寄せてあっているのかなぁ…などと思いながら。












2009.7.8
いろいろなことをいっぺんに詰め込もうと思ったのはいいが消化不良気味っぽい…。
そして七夕に間に合ってません。駄目です。トホホ。

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