おいしそうなら一口おくれ
それを手に入れたいといえば、違うと答えられる。
あれはそういうものじゃない。
いつだってまっすぐにただひとつ、ひとつしか見えない銀の色は、それはただひとつを見ているから、あそこまで魅力的で綺麗でまぶしいのだ。
8年を、話に聞いただけでぞっとするような時間を、超えて練って耐えたからこそ、それはあそこまで美しいのだ。
努力と時間が力を作ることを、山本武はよく身に染みてよく知っていた。
好きなことならどんなに辛くてもしたい、し続けたいのだ。
素振りをかかさず投球練習を怠らず、小学3年の時から続けてきた毎晩の努力が実を結んで今の力になっている。
それだってもう9年だ、それだけやっててどれだけ力になっているのか、山本はよく知っている――身に染みて知っている。
だからこそ、そうすることの意義も時間も労力も、それでしか得られない力の価値も知っている、のだ。
それを横からかっさらう、なんて?
無理に決まってるだろ、とわかるくらいには、山本はその価値を知っていたし認めていた。
そういう男だった。それだけを知っていたから、ほかのことには頓着しなかった。

別にそれが欲しいとか思ってるわけじゃない。欲しいのとはちょっと違う。
綺麗なものなら手に触れたい、おいしそうなら口にしたい。
それは選手としての彼の欲望とはもっと別の、全然違う部分で彼の意識を占める欲望の根幹。
ある意味彼の家業に通じる、かもしれない。
おいしそうなものは食べて味を覚える、のは料理人の仕業。

銀色の鮫は本当に見事な体と髪と顔を持っていて、外国人趣味のない山本でも、さすがに目を見張るという当然の反応をする。聖人君子でもちょっと目を奪われる麗しさに、反応しないという選択肢を選ぶほど、子供でもないし大人でもない。
綺麗なものは見たいじゃん、そう素直に言えば、アッシュグレイに緑の瞳の同級生は、そんなタマかよ、と不満顔。こっちだって綺麗な顔なのに、もうちょっと笑えばいいのにもったいない、とはいつも思っていることだけれども、言ったら絶対また怒る。
本当の美人は怒っていても美人なんだなぁ、と目ばかり肥えた少年はそんなことを思うけれど。

「今日もすげーラブラブだな!」
「おめぇその言い方やめろよ…」
「だって本当だからしょーがないのな」

うんざり、の文字が浮かんできそうな勢いで、獄寺は前を歩く黒と銀の影を見る。
本部に呼び出されたときしか顔を見せない、暗殺部隊の長は今日は珍しく御機嫌なようす。隣を歩く銀の副官が、百番勝負を一通り、終わらせて戻ってきたからだと聞いている。
闇の大魔王様にも寂しいなんて思うことがあったのか、そんなことを思う刀小僧に、二代目剣帝の名を正式に名乗ることにした副官がにやりと笑うのも、鷹揚に受け流して知らん顔。

「だっておいしそうだからさ、食べてみたらどんなんかなって」
「おまえそうやって食い散らしすぎだぜ! ちったぁ慎め」
「綺麗にしてると思うのな?」
「テメーのは相手にされてねぇっていうんだ」

甲子園に出た山本は豪腕投手の速球と変化球を綺麗に交わしてヒットを打った。ホームランよりもヒットのほうが、たぶん、崩せると思って挑んだのだ。出来るかどうかの確率は低かったけれども、まぁ大体、予想通りになった。まだ一年あるけれども、来年はいけるかどうか、あやしいとは思っている。一回出るととことんマークされる、浮き足だたない保障はない。普通の高校生にそこまで神経図太くなれよと言ってもそれは、まぁ、難しいことも山本は知っている。知ってしまって、いる。もう。

「ははは、獄寺相変わらずキビシー」
「てめぇと別れたオンナの仲間がやたらと俺に絡んでくるんだよ。ウザいったらねぇ」
「そっち行くの?」
「オンナ本人はこねぇけどな。興味あるんだろ、甲子園のエースだし」
「へぇ」
「どうせ顔も覚えてねぇんだろ」
「名前くらいは覚えてるのな」
「ひでぇな」

そんな女しか引き寄せないのだ、そこらへんは野生のカンというか、選択眼で選んでいる。自分と同じ目をした女は絶対に、見つめ返さない、感情を返さない、肩を抱かない、名前を呼ばない。
悪い男、酷い男なのは昔から、それこそ獄寺が会ったときにはもう、その片鱗を携えていた。

「しかしまぁ、相変わらず綺麗なこって」

冬休みをこの国に呼ばれてすごす、それも何度目かになる。
山本も同行するのは二回目、獄寺はまだ数日いるが、彼だけは先に日本に帰る。
部活を新学期まで休むわけにはいかない。

「ああ? あんなもんだぜ、いつも。最近でもねぇ」
「そうなのか? …DVDで見てるときは、もっと、…」
「あー、……? ……――なるほど」

獄寺は一人で納得する。見ている媒体の違いか、それとも、と少し考える山本に、相変わらず指輪をじゃらじゃらいくつも嵌めた手をあごにやって、右腕を自称する嵐の守護者はつぶやいた。

「俺が見るときはいつもザンザスと一緒だからな、一番イイ顔してるんじゃねぇの」


あー、それはいいなぁうらやましいのな!


そんなことを言う同級生に、獄寺はやれやれ、というような顔をした。
そこで素直にそんなことを言うから、あの銀色は頭を撫でて刀をかざしてくるのだろう。殺意でなく、興味でもって振り下ろして、嘲笑でない笑みを唇に、浮かべることを潔しとするのだろう、まったく。

「そんなこと言ってるうちじゃ、アレを食べるのは無理じゃねぇの」
「うーん? 舐めさせるくらいはさせてもらってるけど、なぁ?」

なんだと、おまえよくそれで殺されないな、本人じゃなくてあの大魔王に。
そう獄寺は思ったが、言葉にするつもりはなかった。
目の前を歩く黒の王様が、隣を歩く銀の髪を引き寄せて手の中に入れて、首を傾けて傾けさせて――ちらり、と唇を離す瞬間に、後ろの二人を見たからだ。




2009.01.14
山本と獄寺は高校二年、ボスは27で鮫は25くらい。でも100人斬りはもっとかかってる気がする…。最後の元気氏とその後は鮫が30になってからな気がするんだけど、そこらへんはまぁ、ゴニョゴニョ…。

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