十五の夏・1
中三の夏はイタリアに行った。
初めての海外旅行がマフィアの研修旅行だなんて冗談が過ぎる。

ツナと獄寺と、笹川と一緒だった。どうやら雲雀も誘ったらしいが、当然のことながら無視されたらしい。
まぁそうだろう。あいつが俺たちと一緒に旅行するなんて想像することもできない。
予定では一週間程度の日程で、宿はボンゴレの本部の中だった。
いきなり総本山かよ! と驚いたが、ここに泊まるのが一番安全で人手が少なくてすむといわれて仕方なくうなづいた。
欧州はバカンスシーズン、いくらマフィアでもそれは例外ではない。
東洋からやってきた子供に避ける人数は少ないのだと滔々と諭された。ツナは最後まで嫌がっていた。

ボンゴレの本部は大きな、古い城だった。
本当に城に住んでいる人間というのはいるもんなのだと俺は思ったが、
獄寺はひたすらかしこまっていて、ツナはおどおどしていて、
俺と了平は「これなら敷地内でジョギングできるな」というのが最初の認識だった。
獄寺は妙にぴりぴりしていて、難しい試験の前日みたいだった。
あいつはなんというか、空元気で笑っているか怒ってるかどっちかしかない。
あんまり眉をひそめてると目つき悪くなるぞ、あのボスみたいに、って冗談で言ったら本気で睨まれた。
ツナが同じこといったらしぶしぶ従って、口を尖らせた顔になったけど、
そっちのほうが断然いいと思うんだけどな。
怒っていなければ普通にいい見てくれをしてるんだから、
少しはそれを生かす方向にいったらいいのに、と思わないでもない。
まぁ、どっちもでいい。

とにかく普通の旅行みたいだった。
毎日あちこち引っ張りまわされた。
初日はディーノさんが迎えに来てくれた。
もちろんおつきの人も一緒だったけれど、できるだけ普通の格好だったので、そんなに浮いていない…んじゃないかと思う。
一応俺たちは外見だけなら極東の島国の中学生に過ぎない。
初日に本部に案内してくれて、ボンゴレの九代目、
あの争奪戦で機械の中から転がり出てきたおじいさん−−に会った。田舎のじいちゃんに似てる。
そういったら、「おまえなんでそういうこといえるの」と怒られた。もちろん獄寺にだ。
城を案内されて、翌日はディーノさんが迎えに来て、一日あちこち案内された。
ディーノさんのエスコートは完璧で、しかもどこにいっても女の人に、あの顔でにっこりと微笑むものだから、
とにかく俺たちの扱いはよかった。
ツナも獄寺も俺も笹川も、さすがイタリア男はどこでも女をくどくんだな、と思ったもんだ。
三日目はツナの親父さんの部下だという、これまたきれいな姉ちゃんが案内してくれた。
きびきびとした態度で少しキツいくらいの上手な日本語を話す。
もう一人男の人がいたが、こっちは日本語がわかるけれどうまくしゃべれないみたいだった。
俺たちはあやふやな英語とカタコトの日本語で会話した。


三日目の夜、広い談話室のソファでだらだらと横になって、
俺は唐突に「スクアーロに会いたいなぁ」とつぶやいた。
ツナは「山本は物好きだなぁ」とあきれられたけれど、
床で腹筋をしていた了平が「俺も、晴の守護者の時に戦ったあの男−−男だよな? と、
もう一度会って話をしてみたいものだ」と言い出した。
俺は一瞬びっくりし、しかしすぐにこいつなら言いそうだと思って納得した。
大空戦の時、俺のところにはスクアーロがいなくて一人だったし、
獄寺は雲雀のおかげで解毒できたんだけど、
こいつだけはちゃんと、自分が解毒されたあと、ルッスーリアの解毒を進んでしたって話だ。
「自分が助けられる状況にあるのに、動けない人間を見捨てるのは、
男としてあってはならないことだ」ということらしい。
妹に顔向けできないことはしたくない、了平の了見はすべてそれでできている。

「本気なの?」

ツナは至極心配そうな顔して俺を見た。

「ん? だってせっかくイタリア来たんだし。
すごい怪我してたから、どうなってんのかなーって気になってさ。
生きてるんなら会いたいじゃん?」
「僕は会いたくないよう」

ツナはあれを思い出してぶるぶるを頭を振った。
あの戦いの記憶は、最中の本人よりも、見ていた俺たちのほうがもしかしたら詳しいのかもしれない。
真剣な勝負のときなんてそんなもんだ。
ツナはあのときのことをあまり話さないが、本当によく覚えてないらしい。
そうだろうな。そういうもんだ。後で、忘れたころに思い出すんだ。

「どっちにしろ、十代目、スクアーロはともかくザンザスには会わなくちゃいけません。
帰国前に九代目が身内の小さいパーティを開いてくれるそうなんで、
そこにあいつがこないなんてことはないんでしょうから。
ひっじょ−−−に嫌ですが、身内のパーティに、
養子で嫡子のあいつが来ないなんてことは、たぶん、ないと思います」
「そうなの? 本当? うわぁいやだ、会いたくないよう」
「そうなのか?」

そういうもんなんだろうか。あいつはそんなことも無視して出席しないんじゃないかと思ってた。

「ああ、うん、そうだよ。だからくるときジャケットもってこいっていわれただろう」
「そっか。ドレスコードあるからだと思ってた、俺」
「僕学校の制服もってきたんだよ、そんなんでパーティ出るの?」
「出るんじゃねぇのか? 日本じゃ学生服はちゃんとした正装だって聞いてるし」
「そ、そうかな…」

ツナはひどく困っているらしい。まだ四日もあるのに、最後の日のことを考えてどうするんだ。

「もし、会えるのなら、……俺も、あの晴の守護者には会いたいな」

了平が思い出したようにそんなことを言い出した。

「元気になったと聞いたが、あんなひどい怪我だったのだ。気になるではないか」
「そうだね。僕も気になるよ」
「おまえら! あいつらは戦った敵だろう!?」
「そうだけどさ」
「獄寺くん怒らないでよ。僕は会いたくないよ」
「十代目は後継者として、アイツに会わなくちゃいけませんよ」

どうも獄寺が入ると話がそれる。
俺は部屋の隅で話を聞いていた、今日一日案内をしてくれた美女−−オレガノさんというらしい−−に、話を振ってみた。

「大変難しいですが、可能性はゼロではありません」
「会えるの? 急にそんなこと言っても大丈夫? 向こうだって仕事あるんじゃな、」

−−−おいおい。暗殺部隊の仕事の予定とか気遣ってどうする。
俺は自分で言ってて途中で気がついた。
オレガノさんも同じように俺の失言に気がついて、固い表情を少し緩めた。
でも、話を始めてから妙に表情が固くなっている。無理もない。
彼女は彼らの敵とみなされていた人間で、被害にもあったはずだ。
呆れた顔をするツナと、同じく何を言ってんだてめぇ、という顔の獄寺が視界のすみで馬鹿みたいに口を開いている。
オレガノさんはメガネを伏せた。

「一応連絡はしてみますが、…あまり期待はなさらぬようにしてください。仕事中だと、連絡も不可能ですので」
「無理しないでいいよ、オレガノさん」
「守護者の頼みですから。聞いてみますが、期待はしないでくださいね。
それから、あまりここで彼らの名前は出さないようにしていただきたいのですが」

彼女の声は固かった。

「九代目と顧問の判断で、彼らの身分は一応そのまま保留されましたが、
本来ならば処分の対象となる存在なのです。
そうでなくても、先の争奪戦で、彼らに恨みや不審を持つ人間は多いのです。
ですから、どうか、お察しください」
「そ、そうだよね、ごめんなさい、無理だったらいいから」
「そうなのな。悪い」
「悪いじゃないだろ山本!」
「すまない。わがままだと承知しているが、頼みたい」

笹川が謝らなかったことに少し俺は驚いた。




暑いといってもやっぱり欧州の夏は乾いている。
イタリアの夏も同じだった。
もっとも、この城は空調がきちんと入っているので、そんなことも関係ないのかもしれないが、朝は寒いほどだった。
夜、客室にあてがわれた部屋で、ベッドに横になると、俺はすぐに寝ることができなかった。

目を閉じた視界の隅で水の中に落ちてゆく白い姿が何度もリピートして、あのときの衝撃を思い出した。

抱き上げた体がひどく重く、手が長く、背が高かった。
水に濡れた髪が、黒い服の上を白く滝のように流れていた。
つかんだ手首は骨ばっていて、違和感のある感触にどきりとした。
脇の下に手をいれて引きずり上げた重さ、どこにあんな力が残っていたのか、
力いっぱい蹴飛ばされた。長い足。

顔を見ていたはずなのによく思い出せない。

腕。長い腕だった。リーチのある手足の長さ、剣を振るには最適だ。
日本の刀とは違う、あれは段平というやつだろう。両刃の剣。斬る、殴る、たたくための剣。刀より重い。
あんなものを振り回す体は、黒い服と白い髪のせいか、やけに細かった。
細い? そんなふうに見えただけだ。
よく跳ねるバネみたいだった。リーチが長い足。病院のベッドからはみ出しそうだった。

足。布団の中に横になっていた体。

細かった。薄かった。西洋人の大人の体ってそんなに小さいもんなのか、と俺は驚いた。
そんなことはない。今ははそう見えるだけだ。


白かった。全部白だった。


連想はどこか懐かしい匂いを放ちながら、俺を眠りに誘った。











2008.9.24
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