まだ見ぬ世界の処し方を・1
指輪戦後を勝手に捏造しています。
「どういうことだぁぁあああ家光ぅう゛ううっ!」
「そんなに大きな声を出すと傷が開くぞ」
言われたとおりだった。しかし、声をあげずにいられるとでも思っているのか? この門外顧問は。
目隠しをされた上、ご丁寧にまだ包帯が巻かれた両手に縄までかけてつれてこられた先がこんなところだとは。
自分が暗殺部隊のナンバーツーだってことを、コイツは本当にわかっているのか、とスペルビ・スクアーロは思った。目の前の男、沢田家光は少しばかり顔をしかめただけで、子供の文句を聞いてやっている大人の顔をしている。
「おいおい、あんまりでけぇ声出すんじゃねぇぜ。ここはあんたらが住んでる古式ゆかしい城とは違うんだ。普通の日本の一般家庭なんだから、おまえのいつもの声で話してたら、三軒隣まで筒抜けになっちまうぜ」
「つかなんでこんなところに連れてくるんだよ? 俺ぁまだ監禁中じゃねぇのか? イタリアに連れて行くんじゃねぇのかよ?」
「質問は一個にしてくれ。理由は後で話す、これでもまだお前の処分は進行中なんだ。まだあっちには戻れないだろ? その体じゃ」
「そんなこたぁねぇ」
「飛行機に乗せたら、発着陸の加圧で意識なくすぜ、おまえ」
「そんなヘマするかよ」
「そうか? 今だってさっきの大声出したんで、相当腹痛いだろうが」
「貴様に関係ねぇだろ」
「はいはい」

二人が座っているのは居間のソファの上だった。日本の、一般家庭の、しかも隣の台所が丸見えの、普通の大きさの居間。
沢田綱吉の家のソファに、なぜか二人で合い向かいで座っている。

「そんなに怒りなさんな。まぁ茶くらい飲め」
「貴様の出したもんなんか飲めるか」
「俺じゃねよ。俺の奥さんが入れてくれたんだから、平気だぜ」
そういいながら、家光は先にテーブルに置かれた湯のみを手にとって茶を飲んだ。
スクアーロはそれをじっと見つめている。家光が茶を飲み干して初めて、自分の分を手に取った。
慎重ににおいをかぐ。少しだけ口に入れて、おもわぬ熱さに顔をしかめた。
「熱かったか?」
「うるせぇ」
口元を切った跡がかさぶたになっていて、そこに染みるのと、顎の後ろに裂傷があって、そこがふさがりかけているので、口をあけると咥内がびりびりする。もっとも閉じたままでは口が開かなくなるので、なるべく声を出すように、とは言われているのだが。
そっと口に一口含み、味を確かめる。口の中で転がしてから、慎重に一口飲む。しばらく待つ。
それは完全に毒見としての態度だった。家光もかつては同じことをしていたことがあるので、そういう態度をとるのが習慣になっていることもよくわかっている。
彼の主はここにはいないのに、あくまでそんな態度を取るのは、警戒しているせいなのだろう。当然だとは思うが。
「毒は入ってないだろう?」
「まだわからねぇよ」
「…私には君を毒殺する権利はないよ」
「おまえにはなくてもお前の嫁やツナヨシには理由があるかもしれねぇだろうがぁ」
「そんなまだるっこしいことなんかしなくても、息子は君を殺せる力を持っている」
「そうだな。…だけどそんなこと、できるようなツラにはみえねぇがなぁ」
嘲ったような表情を口元にだけ浮かべて、スクアーロは笑うふりをする。それなのに。包帯と前髪に隠された瞳はおそろしく冷静で、そうなることを覚悟してでもいるかのように思われた。
「わかってるじゃないか。……ということで、完全に治るまでは、ここで療養してもらうことになった」
「なんだと?」
「隣の部屋に布団を敷いて寝床を準備した。そこで寝ててくれ。病院の検診の送迎は人を出す」
「まてぇ家光、」
「おまえには俺の妻と息子と、最強のアルコバレーノ、リボーンが監視につく」
スクアーロの肩がびくっと震えた。
「いいか、これも処分のひとつだと思え、スペルビ・スクアーロ。もう少し体調が戻るまで、しばらくここから病院に通え。イタリアに戻るのはそれからだ」
スクアーロはその言葉の意味をしばらく考えていたようだった。いつでもまっすぐに人の顔を見ることを厭わないそのきつめの瞳が、包帯と前髪のせいであまりよく視線の動きを悟らせない。
一瞬の逡巡のあと、すぐに顔を上げてスクアーロは声を出した。
「……質問は許されるのか」
彼の問いたいことはいつもひとつしかない。それを家光はイヤというほど知っている。初めて彼を見た九年近く前から、彼が家光に質問するのはいつも、たった一人の人間のことばかりだった。そんなことはよく知っている。
「……ひとつなら」
「……ボスはもう、帰ったのか」
「まだだ」
「処分は」
「質問はひとつだけだ」
息を飲むのがわかる。
「お前の態度もこの先の処分の考慮に査定される。意味はわかるな? 俺はどうだと思うが、…九代目は厳しい処分を望んでおられない」
「……っ、」
ぎりぎりと歯を食いしばる音が聞こえる。うつむいた表情を、見る勇気は家光にはなかった。
あんな顔を見るのは、一度でたくさんだった。世界のすべてから見捨てられたような子供の顔は。すでにスクアーロは子供ではないし、世界のすべてを失ったからといって諦めるようなことはもうしない。そして彼の世界はまだ失われていない。
「あんたは」

「ごめんなさいー、お茶菓子切らしててごめんなさいねぇ」

スクアーロのかすれた声を掻き消す勢いで玄関のドアが開き、家光の妻、奈々が戻ってきた。
靴を脱いでぱたぱたと台所に向かい、二人のいる居間へ抜け、スクアーロに挨拶し、そのままキッチンカウンターへ入る。
「あなたちゃんと茶出してくれた? ええと、そちらの方、抹茶味とか平気かしら? もしかして口の中、怪我してます? 熱いの染みるかしら?」
前は夫である家光へ、後ろは客人であるスクアーロへ言っているらしいことに、スクアーロは気がつかなかった。早口すぎて、少し聞き取りにくい。
「あなた、せめて冷蔵庫にあるカステラ出してって言ったじゃない。あ、すみませんね、今つまむもの出しますから」
「奈々」
「何?」
家光は少し腰を浮かせて、カウンターの前で座り込んでいる妻へ声をかけた。スクアーロはさっき目に入ったカウンターの中に、すっぽり姿が隠れてしまったことに驚いて、ついそちらを向いてしまった。なんて小さい体なんだ。日本の女はみな小さいとは思っていたが、(そしてみんな子供に見えるのだが)この女は本当にこれでツナヨシのマンマなのか?
その背中にするっとした冷気が忍び寄る。目線をやれば、ソファの手すりにリボーンがたっていた。
「おかしなことを考えるなよ、スペルビ・スクアーロ」
「……アルコバレーノ」
「休暇でももらったと思ってのんびりしてるといい。短いがな」
「あらあら、ごめんなさいねぇ」
明るい声が至近距離から響く。やわらかい女の声。家光とスクアーロの前に、プリンとスプーンが置かれる。
「そうだ、それでだな、」
「なぁに?」
「今日から実は仕事の関係で、帰るの遅くなるんだ。面倒かけて悪いとは思うんだが、しばらくの間、こいつを家で預かって療養することになったから、面倒みてくれないか?」
「ああ、夕べのお話ね。この方なの? ずいぶんひどい怪我ね、大丈夫?」
女は躊躇せずにスクアーロの顔を見た。まだ額と顎に包帯を巻いているのを見て、痛そうに眉をひそめる。
「こんなに怪我してるのに、入院してなくて大丈夫なの?」
「大丈夫だ。食事の支度と洗濯してくれないか」
「私は別にいいけど。…ええと、日本語わかります?」
「大丈夫だ。話すのに支障はない。な、スクアーロ」
「スクアーロさんっていうの? よろしくね」
そういって、まるで子供のような女はぺこりとお辞儀をした。
「あ、……ああ、……」
つられてスクアーロも返事をする。家光は妙に機嫌のいい表情でそれを見ていた。



2008.11.28(書いたのは2008.10..9あたり)
XSものなら一回はやっておきたい指輪戦後処理話。まぁパラレルですな。

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