夢見るころを過ぎてでも
「跳ね馬ぁ! おまえも今来たのかぁ!?」

ロマーリオが運転する車を降りたところで、後ろから声をかけられた。
懐かしい呼び名で自分を呼ぶ声は、懐かしいと言うには慣れた音色と音量で、ほっと息を吐いたのは、やっぱり少し、緊張していたのかもしれない。何しろ、学生時代の自分の記憶は、それはそれは惨めなものが多すぎたからだ。

「スクアーロ! よかった、休み取れたんだな」
「急な仕事が入らなかったしなぁ。ボスさんも最近、妙に機嫌がいいしよぉ」
「そういう問題なのか、おまえんとこは…。相変わらずだなぁ」
「そんなこと、てめぇが一番よく知ってるだろぉ!」

そう言いながら隣に並ぶ、スクアーロのスーツ姿が本当に珍しく、若きキャバッローネのボス、跳ね馬ディーノはちらちら、視線をそちらに向けることが止められない。

「スクアーロがそんな色のスーツ着てるなんて珍しいな。よく似合ってるぜ」
「あー? そうかぁ? ありがとなぁ」
「それ、ザンザスが見立てたんだろ?」
「なんだぁ、てめぇに判るのかぁ?」
「こういう色の服って、スクアーロが自分で選ばない色じゃないのかって思ってさ。勘だよ」
「そうかぁー?」
「そうだよ。スクアーロはさ、もっとはっきりした色のほうが好きだろ?」
「んー? 確かになぁ、そう言われてみれば、そうかもしれねぇなぁ」
「ザンザスは、スクアーロが好きな色じゃなくて、似合う色を…っていうか、スクアーロを『こう見せたい』って色の服を作らせるじゃないか。違うかな?」
「そんなもんかぁ?」

そんなものじゃないのかな、とディーノは思う。今日のスクアーロは少しおとなしめで、知的でクールなイメージがある。
そんなスクアーロを演出することが、ザンザスは楽しくて仕方ないんだろう。

ボンゴレの暗殺部隊ヴァリアーのボス、ザンザスが案外、側近で副官で情婦で恋人のスペルビ・スクアーロに甘いことは、最近になってようやく、周囲の人間が知る意外な事実だった。
本部で行われる正式な会議では、勿論黒のスーツだが、それ以外の時に見るスクアーロのスーツは、ほとんど全てザンザスがしつらえたものだ。
護衛向きの地味な個性のないものから、パーティで自分の隣に侍らせるパートナーとしての、華やかで値の張る服になったのを知ったのは、いつのことだろうか。
肌に映える色合いや髪が背中で揺れることを前提にした上着、見事な曲線の太股やふくらはぎを見せるラインのシルエット、高価で希少価値の高いアクセサリーの数々。
そんなもので自分の隣にたたずむ美しい恋人を飾るのは、それはそれは楽しく心躍ることだろう。
スクアーロは口を開けば豪快で粗雑に見える男だが、なかなかどうして、僅か十四の年から並み居る実力派揃いのヴァリアーを率いてきたわけではない。
技も頭脳も性質も性格も、一筋縄でいかない悪鬼を八年もの間、主のいないことを微塵も悟らせずに維持管理してきたのは、伊達や酔狂では出来ない。
動物的な勘で危機を回避し、冷静な頭で状況を判断することも出来る。
さらには本人が思っている以上にその容貌は整っていて、静かに佇めばルネサンスの美術品の趣すらある美しい男だ。
そんな美しい部下を綺麗に着飾って侍らせるのも、王の権力を知らしめるには十分な効果があったし、そもそもザンザスは享楽の王国の末裔であったので、美しいものを美しくすることに楽しみを見出さずにはいられなかったのだ。

人並みの男の楽しみを、あのザンザスも味わうことが出来るようになったことを、ディーノは素直に喜べた。
何よりスクアーロが元気で綺麗でいられることが、ディーノにとっては何より嬉しい。
ここ数年、スクアーロは大きな怪我もしていないし、顔を付き合わせるたびに目元を腫らしているようなこともない。
殴られたり蹴られたりしていないし、人前でそんなことをされているのを見ることもなくなって久しい。
ザンザスはスクアーロの肩を強引に抱いたり、腰に手を回して引き寄せたり、髪を引いて顔を向けさせたりはするけれど、それを強く引いて、手綱のように引き立てるような姿は、もうほとんど見ることはない。

スクアーロはディーノにとっての青春時代そのもので、それがいつも変わらず、そこにあることを認められてはじめて、ディーノはへなちょこで惨めなことも多かった学生時代を、懐かしく回想することが出来るようになったのだ。
スクアーロはまるでディーノの青春時代ようだ。
それが幻影でも思い出でもないことが、ディーノにとっては非常に嬉しいことなのだ。そんなことはけして、スクアーロには言うことはないとは思うけれど。

「まぁ、ボスさんの選んだものに間違いはねぇだろうよぉ」
「そうだろうね」

そういいながらディーノはトイレに寄るといってスクアーロと別れる。
スクアーロはいつものように自分に向けられる視線を気にもしないでどんどん歩いていってしまうが、少し距離をおいてみれば、通りすがりの人間が皆、その姿に目を奪われていることがよくわかる。
ロビーを通り過ぎるまでフロントや客が、エレベーターの前のボーイが、中には同じ同窓会に向かう同級生(きっと顔立ちが変わっていてディーノにはすぐにはわからないだろう)たちさえも、スクアーロの後姿にはっとなって振り向いている。
これはきっと会場ではすごいことになるだろうな、そんなことを思いながらディーノは、胸元の招待状をもう一度、確認した。

ドン・キャバッローネの困った性質は、どんなところでもそれを発揮するらしい。

同窓会の会場はホテルの中のレストランで、受付を通って中に入れば、予想通りの人だかりが出来ていた。
薄くなった頭頂部が目立つのもちらほら、三十を過ぎたそれなりの顔立ちの男女があちこちに散らばって、開会の挨拶を待っている。
懐かしい教諭や、顔に面影はあるけれど名前が思い出せない同級生に挨拶をしながら、ディーノはまっすぐ歩いてゆく。
勿論、仕事でも使わない満面の笑顔と、名前を呼ぶことは忘れないけれど。
自分はもうへなちょこディーノではなく、ボンゴレの友好ファミリーの筆頭、キャバッローネのドンなのだ、と肝に命じながら、昔の同級生の名前を呼んだ。

「どうしたんだ、スクアーロ。大丈夫か?」
「お、ディーノ、おい、これなんとかしろぉ!」
「えっ」
「何、ホントにおまえスクアーロ?」

ディーノは横から声をかけられてそちらを振り向く。
見覚えはあるが名前が浮かばない男が、なれなれしくディーノの肩に手をかけてわざとらしく驚いている。

「そうだぜ。久しぶりだろ? 懐かしいか?」
「懐かしいもなにもねぇぜぇ。俺ぁ卒業式に出てねぇしよぉ。おまえらだって似たり寄ったりのトコで仕事してんだろぉ」

そういいながら自分たちを囲っている同級生をぐるりと見回すスクアーロは、腰まで伸ばした長い髪が、シャンデリアのライトでキラキラ、とてもじゃないが普通に直視できないほどのバリバリの美形に育っていた。
学生時代、十四の頃も顔立ちは整っていて、見目は悪くなかったが、荒くれの気質のほうが先走っていて、自意識と希望と翻弄されていた子供たちには、その真価を見出すことは出来なかったろう。
それを考えると、ザンザスはよくもあの尖って細くて粗雑な子供を、これほどの麗人に磨き上げることが出来たものだ。

「会場入ってからもううるせぇのなんのって! なんだぁ? 俺のツラぁバレてねぇよなぁ?」
「そういう意味じゃないんじゃない?」
「どういう意味だぁそらぁ!」

不機嫌というよりは戸惑っているスクアーロが珍しい。
スクアーロはディーノの前ではいつも、ヴァリアーの副官という顔をしない気がする。
それはとても嬉しい。

「スクアーロが、昔と違っ」


――ディーノが話をすることは出来たのは、残念ながらそこまでだった。

話ながらスクアーロのところに近づこうとし、脇から差し出されたシャンパンを受け取ったところで、何もないところで豪快に躓いた。
あ、と思ったとたんに手の中にあったシャンパングラスが綺麗な放物線を描いて宙を舞い、ものの見事に床に、顔面から突っ込んだディーノの頭の真上から、さかさまに落ちてきたのだった。

すばらしい動態視力を持っているスクアーロも、それに反応する事は出来なかったらしい。

「うぉ゛ぉおーい、跳ね馬ぁ、大丈夫かぁー?」

普段が耳を塞ぎたくなるほどの大声が、耳の奥で響いているのを聞きながら、ディーノはゆっくりと意識を失っていった。


「なぁんであいつ、あんな何もねぇとこで転ぶんだろぉなぁー?」


スクアーロの呟いた謎は、永遠に解けそうにない。


2011年1月末〜2月いっぱいまで通販で配布していたペーパーの小話です。「夢を見るにはまだ早い」の裏話でディーノバージョンです。これXSコーナーに入れるのどうしようかと思ったんですが、続いてる話だからな…ということで、こちらに治めさせていただきます。
2011.3.16
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