夢を見るにはまだ早い
 
仕事がなかったらでいいから休みをくれ。

スクアーロがそんなことを言い出したのは一ヶ月も前の話だ。
普段は日付を指定しての休みなど、それこそザンザスの誕生日くらいしか欲しがらないこの男がそんなことを言うのはひどく珍しいことだった。休みの理由を聞いたなら、スクアーロはすぐに答えてくれただろう。相手がボスであるザンザスであればなおさら、その唇はするするとよく動くことだろう。
スクアーロはザンザスに対して、基本的には聞かれたことには答えている。
ザンザスに嘘をつくことが出来ないからだ。
本当のことを言わないこともできるだろうが、申請した休暇の理由を説明しないということはないだろう。
だが、なんとなくそのとき、休みの理由を聞きそびれたまま、現在に――当日に至る。

スクアーロは朝は部屋の掃除をしていて、昼はルッスーリアと食事を作っていたが、その後でシャワーを浴び、珍しくスーツに着替えて、ジャケットを持ってヴァリアーの屋敷を出て行った。
休日に、スクアーロがスーツを着ているというのは大変珍しい。スクアーロは、休日にコンサートやオペラやバレエを見る趣味はなかったし、たまに音楽を聴きに行くときも、ドレスコードにネクタイがあるような場所で聞くことはなかった。せいぜいが、ジャケット着用が望ましい程度の店に入るくらいなのだ。

そんな珍しいスーツ姿のスクアーロを見たのは、ちょうど仕事が終わって戻ってきたばかりのレヴィ・ア・タンと、出かける姿を自分の部屋のベランダから見ていたザンザスだけだった。銀の長い髪を一つに縛って、門の前で待っていた車に走っていく後姿を、ザンザスは休憩のカフェを飲みながらなんとなしに眺めていた。どうやら部下に近くの町まで送らせることにしているらしい。
自分の車で行かないのは酒を飲んでくるからか?
ザンザスはキラキラ光を反射する銀の髪を、なんとはなしに視界の中に治めて眺めていた。

スクアーロが着ているのは、去年のスクアーロの誕生日にザンザスが仕立ててやったスーツだ。
瞳の色に合わせて、薄いグレーのピンストライプの入った濃紺のスーツは、いつもより少し襟を広めに仕立てて、スクアーロの薄い肩に厚みを増やすようにしたものだ。
合わせて仕立てたドレスシャツにネクタイを締め、銀に珊瑚の髪留めで長い髪を一つに縛って、部下の車に乗るスクアーロは、それはそれは美しかった。
若木の瑞々しさではなく、咲き誇る花の溌剌とした勢いではなく、完成に近づいている気配のある、ひそやかな凛とした孤高の美しさだ。

ここ数年、ザンザスはスクアーロの誕生日に限らず、ことあるごとに彼の身の回りのものを仕立てるのに凝っている。
一昨年の誕生日には靴を仕立てた。
そのときのスクアーロの反応が妙に面白くて、それ以来妙に楽しくなってしまった。
ここ数年は、スクアーロのスーツから靴からネクタイから、果ては私服の革のジャケットまで、ザンザスはなにくれとなくスクアーロに買い与えている。
最初はせっかく仕立てた服もプレゼントしたマフラーも、もったいないからと言って全然使おうとしなかったので、腹を立てたザンザスが、スクアーロの私服を全部捨て、自分のあつらえた服だけ残してしまうという手段に出ることもあった。
スクアーロはそれに懲りて、贈られた服や靴を、それなりに身につけるようになったけれど。

大股で走るスクアーロは一筋の光の矢のようだ。
部下が待っている車に、流れるように近づいてするりと隙間から中に乗り込む。すぐに発進した車は、あっというまに見えなくなった。


スクアーロが帰ってきたのは午後十一時を回っていた。
部下が迎えに行ったらしい車が戻ってきた音を聞いて、ザンザスはうつらうつらしていた意識を覚醒させた。
仕事が終わって夕飯を食べ、新聞を読みながら酒を入れていたのだが、どうやらそのまま寝てしまったらしい。
電子端末がスリープに入った状態のままになっている。
電源を切ってそれをテーブルの脇によけ、氷が溶けて水っぽくなったテキーラを底まで干した。
シャワーを浴びるか、と思いながら横になっていた体を起こすと、玄関から続く足音が、一向に小さくも途切れもせずに、階段を上がってくる気配がする。

「ボス、起きてるかぁ?」

一応控えめにノックの音がする。

「寝てるったらどうする気だ」
「電気消して寝ろって言いに来たって言うぜぇ?」

そう答えながらドアを開けて入ってくる。こちらの返事を待たないのはいつものことだ。

「ボス、ただいまだぁ」
スクアーロはそのまま、ずかずかと中に入ってくる。大股で数歩、ザンザスの近くにやってくる。
手を伸ばせば届くほどの距離に、酒と知らない誰かの匂いがする。

「酒くせぇ」
「久しぶりに飲んだからなぁ。ただいまぁ」

そういって手を伸ばし、ザンザスの肩に腕を回す。頬をすりよせて、軽く耳元にキス。

「どこ行ってた」
「ん、ナポリだぁ。言ってなかったかぁ、今日同窓会だったんだぜぇ」
「同窓会?」
「スクールのだぁ。俺結局卒業してねぇからよぉ、出るの断わろうかと思ったんだけど、顔見せろってうるせぇからよぉ」
「珍しいじゃねぇか」
「俺もヤキが回ったぜぇ……」

そう言いながらもスクアーロの機嫌は悪くない。
適度に酔って、適度にご機嫌で、適度に血色がいい。
そうすると、白い肌にうっすらと赤みがさして、よく出来た陶磁の人形の肌のように見える。

「なんかおもしろい話でもあったか」
「どうだろうなぁ、あの学校、基本的にマフィア関係者しか通ってねぇだろぉ? 卒業したらみんなアッチ関係だしよぉ」

そう言いながら首をかしげて笑いかける表情は機嫌が悪いようには見えない。
自分の知らない誰かと会って、機嫌がいいスクアーロを手放しで喜べないザンザスの、少し不機嫌な様子を全く察せずに、スクアーロは大声で今日の話をする。

「しっかしよぉ、俺が部屋に入っても誰も俺のことわかんねぇんだぜぇ? 
 なんかすげー遠巻きにじろじろ見られるしよぉ、誰も近づいてこねぇから、顔バレしてんのかと思ったんだぜぇ」

 
首をかしげて笑う、それはまるで咲き誇る花の風情。さらり、スーツの肩を銀の髪が踊る。

「跳ね馬が声かけてきやがったら、会場中がすげぇどよめいてよぉ! 
 あいつったら、俺の名前大声で呼びながら豪快にすっ転びやがったんだぜぇ!? 
 しょうがねぇから手を貸してやったら、なんだかわかんねぇけど会場中でどよめきが起こるしよぉ!! 
 なんかあんのかと思ったぜぇ。跳ね馬がいなくなったら今度はやたらと話かけられるし、なんだったんだぁ、ありゃあ?」

それでこんなに他人の香水の匂いが移っているのか。
毎日見ている自分や跳ね馬は、間の過程を知っているからあまり判らないが、学生時代から十数年、あのガキがこれほどの麗人に変化していることを知らない同級生には、これの美しさは目の毒にしかならないだろう。
それがどれほどの毒であるか、ザンザスは身を持って知っている。
今夜そいつらの夢はこいつで一杯だ。

「悪い夢でも見たんだろうよ」

白く輝く美しい死神の夢を。

2010冬コミ〜20111月の通販まで配布したペーパー話。フォルダの中にあった話を弄くっていたらちょうどよい長さになったので。元ネタは日記でなんか言ってた話だと思うので書き始めたのは09年頃だと思います。多分。
大阪のイベントに配る分を印刷し損なって持っていけませんでした。すみません…。
2011.2.4
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