それは家族の一員です
大型犬を飼うということは、生活がアッパーであることの証明である。

犬を飼う、と思ってすぐに飼うことは出来ない。
ブリーダーに連絡し、乳離れをする時期を待ち、何度か通って犬との相性を見、契約書を交わす。勿論届けも出す。
大型犬を室内で飼えるだけの部屋の広さがあること(勿論一軒屋であることが望ましいが、アパートであっても一定以上の広さがあれば認められる)、面倒を見ることが出来る成人が二人以上いること、じゅうぶんな餌を与えられる経済力があること、犬を飼う知識に過不足がないこと。一日に相当の距離を歩く散歩が出来るほど健康であること、持病がないこと、足腰が丈夫であること。
虐待は警察に通報されるし、普通に犯罪に分類される。
換毛期にはブラッシングを欠かさないことは必須、同時に美しい犬と同じように飼い主も美しくあることが求められる。
それがつまるところの、欧州のペット――いや、コンパニオンアニマルの位置である。

「だからってそれつれて町に行くのはやめろぉおお゛お゛!!」
「うるせぇ」

暴君は常に暴君なので暴君なのである―――ということを学習しない声が今日もヴァリアーの屋敷に響く。
ある意味それは感動ものである、何度言われても殴られても蹴られても罵られても意見を言うことを止めないということは、それはつまり、愛情というものがそこにあるということに他ならない。自分がどうなっても、『そうしてはいけない』と、言わずにおられないということはつまり――マンマの愛情ではないのだろうか。

「あ゛ぁ? うるせぇじゃねぇぞぉ゛、ベスターしまえぇ゛え゛!」
「久しぶりに出したんだからいいじゃねぇか」

「……何してるのかしら、あの人たち」
「さー知んねー。王子見る限りさっきまでデートするとか言って先輩浮かれてたけど」
「ミーも幻術でなければその話聞きましたー」
「そうねえ……」

まさにその通り、今日が二人が着ているのはいつもの隊服ではなかった。
イブニングのスーツで二人、一緒に出かけるということはよくあったが(ゲストと護衛として)、今日はそのダークスーツではなく、もっとずっとカジュアルな服装だった。
ザンザスはグレーのシャツに細身の白のベスト、それにダークグレーのジャケットを合わせている。スクアーロはザンザスと揃いなのかと思わずにおられない、よく似た色合いのロングジャケットに、白いシャツ、白いパンツを誂えている。元から色が白いスクアーロが、白い服を着ると本当に、色身がなくてあっさりしすぎて妙な儚さすら感じられる。
そこに薄いグレーのカシミアのマフラーをゆるりと巻いている。
二人とも、同じ色の服は着ていないが、色合いがどこか似ていて、ぱっと見ればペアに見えなくもない。

「そんなでっかいのつれたまんまで歩けるかぁ! つかなんで出すんだぁ゛あ゛! あぶねぇだろぉ゛お゛お゛!」
「心配ねぇ」
「駄目だぁ! へんなもん拾い食いでもしたらどうすんだぁ! ベスターが腹壊すだろぉ゛お゛!」
「そんなことすんのはおまえくらいだろ」
「するかぁ゛!」
「うるせぇ口だな」
「つかベスターしまえよぉ゛お゛!」

がなりたてるスクアーロはせっかくキレイに決まっている服がもったいないほどの麗人ぶりだ。
近年いよいよその美麗さが、滴るごとく冴えていて、見ているだけでため息が出るほど。
がさつで野蛮な大声も、その美しい顔形から吐き出されているとなれば、それだけで何か違う。
麗しいオペラのアリアか、それとも古典の詩を吟じているかのような錯覚を覚えてしまうほどになる。
他のあらゆる短所を覆い尽くすに足りるほど、冴えて磨かれたその美しさは、どこか寒気がする妖しささえ含んでいるようだ。
毎日毎晩それを見慣れている幹部たちでさえ、時々あまりに美しすぎて、視線と同時に魂まで奪われてしまいそうになることがある。
気のせいだと次の瞬間に思うのは、割れるほど大きなその声があるからなのだが、それが奪われてかすれて聞こえない朝など、やつれて磨かれて水気をたっぷり含んだ肌の底が、薄く発光しているかのようなスクアーロは、まさに目の毒、もしくは眼福、見れば寿命が延びると噂されるほどでもある。
そんな麗しい顔を真正面からまっすぐ見て、平然としていられる人間は、その麗人に怒鳴られている彼らのボス以外、ほとんどこの世界に存在していないのではないだろうか、と幹部たちは思っている。
その二人の足元には、白い毛並みが輝くばかりの大きな動物が、所在なげに、しかし姿勢よく、背をぴんと伸ばして前足を揃え、尻尾の先をわずかに振りながら、粛々と次なる行動を示されることを待っていた。
今二人の話題に登っている動物、ヴァリアーのボスたるザンザスの匣兵器、ベスターである。
長くて太い尻尾の先が、時々くいっ、くいっと動いて、いまだ怒鳴りあっている自分の主人の言葉を待っていることを示しているけれども―――。

「ベスターをあんま人間がいっぱいいるとこに連れいこうとかすんなよぉ゛。
 警察に通報されでもしたらウルセーし、騒ぎになったら面倒だろぉ。だいたいベスターが可哀相だろぉ」
 
ザンザスは別に本気でベスターを連れて行くつもりなのではない。
ただ、出かけると言って珍しく、私服に着替えてやってきたスクアーロが、あまりにキレイで普通に驚いただけなのだ。
大空の匣兵器は持ち主の精神状態に非常に密接にリンクしているから、かすかに動揺してしまったザンザスの、その驚きを感じたベスターが、いつも眠っているザンザスの執務室から降りてきて、談話室の前に座っているのも、ザンザスの内心の動揺に全ての原因が起因しているのだ。

「……別に、そういうつもりじゃねぇ」

いい加減面倒になって、ザンザスはベスターに手を伸ばす。
撫でてもらえると思って頭を上げたその白い獣は、数回、その腕に撫でられ、たいそう機嫌のよい顔になった。

「ベスター」
「Guuuu」
「……おまえは待ってろ」
「Gyu…」

ごろごろと喉を鳴らして、主と視線を合わせる。
まばたきをしない真っ赤な瞳が、何かを納得したかのように、少し伏せられると、そのままくるりと向きをかえ、大きな白い美しい獣は、足音ひとつも立てないで、廊下に敷かれた絨毯の上を、そっと歩いて部屋へ戻っていった。

「しまわないのかぁ?」
「めんどくせぇ」

そう言いながら、視線を戻せば目の前の、白い人型の獣は立ち去る獣の姿を見送っているところだった。
整った横顔、まるい額の稜線が長い前髪に隠されて、高い鼻と細い顎に繋がっている。
薄い唇は少し腫れていて、朝までそれを食んでいたことを、それこそ日常の挨拶のように思い出したザンザスは、しかし今日はどこか、それが気恥ずかしいことも同時に理解した。

「…どうかしたのかぁ?」

首をかしげて聞いてくる、その動作がやけに可愛らしいのは、髪まで合わせてくるんと巻いた、モスグリーンのストールのせいか。
今日は寒色系でまとめているスクアーロは、髪と肌の色もあいまって、いよいよ人の体温を持たぬ、人形か何かのようにさえ、見えた。

「いや。……行くか」
「あぁ。なんかボスと出かけるのって久しぶりだぜぇ」
「そうだったか?」
「そうだぜぇ。私服で出るのって久しぶりでなんか楽しいぜぇ」
「安いな」
「なんかさぁ」

そういいながらスクアーロが、緩めていたネクタイを少し引く。直されるかと思ったら、少し引いて崩し、ザンザスの襟元をきちんと正して、一歩後ろに下がったと思ったら、そこで笑った。

「あんたそういう色のシャツとか着てるの珍しいなぁ。すげぇ似合っててかっこいいぜぇ」

ザンザスはスクアーロの花のような笑顔を眺めながら、ペットという意味ではこれもベスターも同じものだな、ということをしみじみと思った。
そしてあの白い獣の代わりに、この銀色の獣を見せびらかしながら歩くのも、また一興だということに思い至り、唇に笑みを浮かべて、車のキーを手に取った。




大分前ですがキャラポスの2ショットがあんまりアレでアレだったので。ペットをつれてデートw

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