まちでうわさのあまいもの
オヤジというより爺XS(まだ続いてるのか…)
「お久しぶりです、お元気そうでなにより」
「ゔぉぉおぉい! 久しぶりだなぁ! どうした? 今日来る予定だったのかぁ? 話ついてんのかぁ?」
「電話したんですけど、……もしかして聞いてませんか」
「なんだとぉお! 俺ぁ今知ったぞぉぉ! だから問題はねぇ!!」

スクアーロが基本大雑把な人でよかったと、青年は胸を撫で下ろした。
いつもこうだ。
ザンザスは人がやってくる予定をしょっちゅうスクアーロに言うのを忘れるし、スクアーロは人が来る予定を全然聞いてない。
いつものことだ。

「えーと、伯父さん……じゃなくて、ザンザス会長、いらっしゃいますか」
「お゙お゙!ちゃんといる筈だぁ! さっき一休みしたからなぁ゙!」

そういいながら、すたすたと先にたって歩いてゆく背中は頑強そのもので、三十も離れている自分よりも逞しいのではないかと、青年は思ってしまう。姿勢がよくて骨がしっかりしていて、もうすぐ六十になるはずなのに、頭髪もそれほど減っているようには見えないし、相変わらず声はでかいし耳はいいし、さっき庭で枝木の剪定をしていた動作の俊敏さから考えれば、体力も筋力も、デスクワークばかりの自分よりあるのではないかと青年は思う。
もっともこの、白くてうるさくて背が高くて妙に顔が綺麗なまま年を取ったこの、伯父の家族――というか公私ともに数十年を過ごしたパートナー――には勝てないが、もしかしたら伯父にだったら勝てるかもしれない、と青年は思ったりもした。
父の報告によれば、まだ六十にもならないのに、はるばるイタリアから日本に隠遁した青年の血の繋がらない遠縁の伯父は、何をしているというふうでもなく、日がな一日家の中にこもりきりで、本ばかり読んでいるという話だった。
昔からすごい引きこもりだったんだよねー、あの人が外で元気よく動き回っているところって、見たことないんだよねぇ、実は、と、父が困ったように話をしたのを思い出して、青年は家の中に入った。

二人で暮らすには大きすぎるのではないかと思われていた洋館は、中に入ると印象ががらりと変わった。
内装はシンプルでこじんまりとしていて、空間が広い割には部屋の数が少ない。
改装したのかな、と思いながら先をゆくスクアーロに聞いてみると、驚いたことに部屋の壁を取り払ったりなどはしていないらしい。
壁紙を全部はがして漆喰と珪藻土に塗り替えたり、和室を潰してゲストルームにしたらしいが、部屋の構造はあまり変わっていないという話だ。かつての伯父が住んでいた屋敷が、荘厳なバロック様式そのままの、重厚で豪華な調度品で埋め尽くされていたことを知る青年には、この洋館の、シンプルモダンでちょっぴりアジアンテイストなインテリアのあまりの変わりように、驚いてしまうことを止められなかった。

「この上だぁ!」

声に振り向けば、白い顔と髪が二階のホールから覗いている。
なるほど、確かにこの壁の色もこの天井の明かりの形も、伯父というよりはこのパートナーをイメージするような、形と色をしているな、と青年は思った。

二階の部屋に案内された先の部屋は、おそらく屋敷の中で一番奥まった部屋の中であろうと思われた。
その中央に据えられた、大きな仕事机に向かって、伯父が何か書き物をしている姿が目に入った。
ドアをあけてからノックをする、相変わらずスクアーロはそこらへんが適当だ。

「ザンザスぅー、おまえヨシノブ呼んだのかぁ? 来るってわかってるなら教えろよぉ」
「今わかったからいいんだろう」
「こっちには準備がいるんだぜぇ!」
「こいつに菓子などやらんでもいい」
「そういうわけには、いかねぇぜぇ!」

こんなやりとりも、あいかわらずだ。
青年はそう思うと、ため息が出そうになるのを飲み込んで、一歩前に出た。
伯父は万年筆をペン立てに戻し、書類を引き出しにしまう。鷹揚に顎で手を組んで、ゆっくりと顔を上げた。

年月が顔の筋肉を緩ませ、肌のつやを失わせていたが、伯父は相変わらず、いつ見てもほれぼれするような美男だった。
年月がそれを磨き上げ、輝かせ、また年月がそれをゆっくりと失わせているが、枯れれば枯れたなりの風情があり、前よりも拡がった形のよい広い額も、皺の増えた眉間も、醜いという表現とはほど遠い。
かつての事故で負ったという火傷の跡も、だいぶ薄まってしまって、年月が刻んだ皺に隠されて、よくよくみなければわからない。
それすらも男の年月と色気を増す、なにがしかの飾りのようにしか思えなかった。今でも、いやいつも、青年はこの伯父の前に立つと最初の一瞬、ひどく緊張してしまう。伯父の暗赤色の瞳に見つめられるだけで、なにもかもさらけださずにおられないような、そわそわした心地になるのだ。強制しているわけではないのに、その眼差しに逆らえない、圧倒的な力が、伯父のまなざしにはある。
青年の父とはまた違う、深い夜の空のような力だ。

「こんにちは、お久しぶりです、伯父さん。元気そうでなにより」
「フン、おまえそうやってると気持ち悪ぃくれぇにツナヨシにそっくりだな」
「よく言われます、最近。しょうがないじゃないですか、息子なんですから」
「おめぇもまだガキに間違われるだろ、その様子じゃ」
「日本じゃ普通ですよ、この顔! …まぁ、年言うと驚かれますけど……」
「ふん、おまえイタリア行った時にバールに入ろうとして断られたんじゃなかったのか? 免許証見せるまで酒の一杯も買えなかったんだってな」
「えっ!? なんでそんな話知ってるんですか!? 父さん!? 父さんには黙っててって言ったのに!」
「残念だったな、おまえんちの事情はこっちにゃ筒抜けだ。キョーコとしょっちゅう連絡取ってやがるからな、うちのが」
「ええー!? おばあちゃんなの? 情報源……」
「あきらめろ、マンマに気に入られてるうちのは、おまえのパパンよりこぇえんだ。知ってるだろ?」
「あ―――、だからザンザス伯父さんも尻に敷かれてるんだ?」
「はぁ? 俺はあれを下に敷いたことしかねぇぞ。腹に乗せたことはあるが」

伯父はそう言ってにやりと笑った。

こうやって、自分とパートナーのスクアーロとの、色事めいた話をすれば、青年とその父親や仲間たちが、減らず口を叩かなくなることをザンザスは知っているのだ。その証拠に、一瞬次の言葉を捜していた青年の困った顔を見て、すかさずにやりと口元を歪めて、笑った。
たいそう人が悪い、表情で。

「ゔぉぉおおおい! 茶が入ったぜぇ!」

青年は毎回、こういう絶妙のタイミングで声をかけてくるこの伯父の長年のパートナーであるスクアーロが、時々神様なんじゃないかと思うことがある。もちろん彼がそんなことを意識してやっているとは、青年は微塵も思っていない。
いや、ほんのちょっと、0.001%くらいは思っているかもしれない。
それくらい、タイミングが絶妙すぎて、見事すぎて、凄すぎた。
これも剣士のタイミングなのだろうか、などということを思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
まさに阿吽の呼吸というやつだろう、と思う。

「おまえはほんっっとうぉおおおおに空気が読めねぇカスザメだなぁ!」

「何言ってるんだぁ、ザンザスぅ! 空気なんか読めるわけねぇだろぉ! どこになにが書いてあるんだぁ!」

かみ合わないセリフ回しも今に始まったことではない。
まだこんなことをしているのかと思うと、青年は少し頭が痛くなった。

とにかくこの二人は、青年が覚えている限り、おそらく二十五年以上も前からこんなようだった。
父親に言わせると、三十年前もそうだったらしい。
伯父の部下だった男に言わせると、四十年前もそうだったという。
始めた会ったときからこうだったのかもしれないと青年は思ったが、怖くて伯父に聞いたことはない。
ティーセットを運んできたスクアーロが、目でザンザスに合図をすれば、ザンザスが指先で外にはじくような動きをする。
スクアーロはそれを見て、くるっと向きを変えて部屋を出て行こうとした。

「え、ちょっと、スクアーロ、いてよ」
「はぁ? ザンザスが出てけっていってるのに俺がいるわけねぇだろ」
「困るよ、それ……伯父さん、」

青年が伯父を振り返った。
スクアーロから見えない角度で、ザンザスは一瞬、物凄い顔で青年を睨み付けた。
青年は自分の生命の危機を感じた。

「出てけ」

青年の懇願など、塵ほどの価値もない。
そうであることを、青年は一瞬、忘れていた。今、きっちりと思い出した。


「ねぇ―、こういうの、秘密にしててもいいの? 伯父さん」
「おめぇはおめぇと同じくらいの年のツナヨシより、相当度胸がありやがるな」
「それはどうも。子どものころから伯父さんに鍛えられているせいだよ、それ、きっと」
「俺は何もしてねぇぞ」
「いるだけで怖いんだもん、伯父さん」
「それは俺のせいじゃねぇぞ」
「どうだか。……――で、早速仕事の話してもいい?」
「日本人は本当にせわしねぇ」
「時間がないのは相対的に考えて伯父さんのほうじゃない?」
「言うようになりやがったな、貴様も」

そういいながらさっそく伯父は仕事の話を切り出した。
目が据わると流石に、人の上に立つ仕事を二十代の初めからやっていた伯父は、支配者の顔、支配階級の顔になった。


伯父は青年の実の伯父ではない。彼と青年には実際の血縁があるわけではなかった。
はるか昔、たとえば150年ほど辿れば血縁かもしれないが、そこまで辿っても仕方ないだろう。
けれど青年の父は彼を伯父として扱ったし、青年もそういうものだと扱っていた。父には兄弟がいなかったので、父方の伯父も伯母も存在しないのだ。だから伯父は青年にとっては昔から、伯父さん、というものだった。父をいつまでも子ども扱いする、強面でスタイルがよくてかっこよくてハンサムで、子供を子供と扱わない、そんな大人の一人だった。

遠い外戚であったザンザスは、子供時代の青年にはただただ怖い存在だった。
いつも機嫌が悪そうで、むっつりとしていて無表情で、にこりとも笑わない大人だった。
恵まれた環境にいた青年に対しておべっかを使わない大人は伯父くらいで、逆にそのことが、青年には好ましく思えていた。
そして案外伯父は子供が嫌いなわけではなかった。大きな掌と太い腕で、子供を軽々と抱き上げ、悪いことをしたらすぐに怒った。
伯父の部下はとても個性的な人ばかりだった。本部に伯父と一緒にやってくるのは伯父の副官のスクアーロと、もう一人の幹部であるレヴィ・ア・タンのどちらかで、青年は特にスクアーロを気に入っていた。スクアーロと一緒にやってきた伯父は、どことなく機嫌がよかったからだ。
その理由がわかったのは、青年がだいぶ大人になってからだった。
父から伯父とスクアーロの、長い長い長い歴史を聞いたのもそのころだ。


伯父はイタリアで作ったいくつもの会社を、全て人に任せるか売ってしまい、今は青年の継いだ会社――父から相続した会社の顧問として名前を連ねている。父も伯父もそれほど明るい仕事をしているわけではないが、表の顔は普通の実業家である。
青年はすでにその意味を知っている年齢になった。本当は伯父が「なに」を仕事にしているのかという詳しいことは、今は一応「一般人」である青年は知らないことになっている。
とはいえ、伯父の裏の――本当の、と言い換えるべきなのかもしれないが――仕事を継いでいるのは、青年もよく知っている人間だったので、まったく何も知らない、ということにはなっていない。残念ながら。
だが父からも母の兄からも、「知らないことを知れば知られてしまうから知るな」と口を酸っぱくして言われているので、青年は今のところそれを忠実に守っている。
父や母方の伯父も、にこにこしながらさらっと怖いところがあるが、青年は何より、この目の前にいるザンザス伯父と、そのパートナーであるスクアーロがもっとも怖かった。
普段から普通に怖いところがある伯父だったが、その本気の片鱗を感じただけでも、青年はおそろしくてその闇に踏み出すことが出来なくなったのだ。青年の兄はそれを乗り越え、飄々とそちら側に行ってしまったというのに。

「――ってことなんだけど、この再建案を今度の取り締まり役会に提出したいんだ。伯父さん、バックアップしてくれる?」
「その案じゃまずい。悪くすりゃ買収されるぞ」
「え?」
「アメリカの投資会社とファンドが、会社がおまえんとこ狙ってるって話だ。用心しろ、株主切りくずされたらもたねぇぞ」
「えー、だってうちの株は……どこから…?」
「おおかた取締役のどっかからだろう。そっから買収されたらまずい」
「銀行が手放すかな?」
「株価によるな。あんま上げると食われる」
「うーん……」
「腹減ったな」
「うーん…え、あ、うん、……え?」
「飯食っていけ」

渡した書類を眺めながら、会社の話をしていたら、急にザンザスが食事の話を始めたので、青年は驚いて書面から顔を上げた。
腕時計を見ながら椅子にもたれかかり、ぐっと体を伸ばす。

「疲れた。もう終わりだ」
「ええ!? もうちょっと考えてよ!」
「やらねぇ。終わりだ。俺はもうやめる」
「ちょ、」
「メシより優先されるもんなんかねぇだろ?」
「じゃあせめて遺言の話終わらせて」
「メシ食ってからだ」

そういいながら書類を返される。しかたなく青年は自分の分も含めてバックにしまう。こうなったらこの話はもう終わりだ。
はぁ、とため息をついた青年に、ザンザスが声をかけた。

「おめぇ戻る前に綱吉とナナんちに寄っていけ。渡すもんがある」
「はいはい…」

「お゙お゙っ終わったかぁあ! 今出来たから呼ぼうと思ってたんだぁ!!」

階下に下りれば、すぐにいい香りが漂ってくる。厨房から香ばしいオリーブオイルの香り。続きの部屋の食堂に入れば、テーブルには三人分がセッティングされていた。
厨房からスクアーロが出てきて、濃紺のエプロンを外しながらサラダを出してくる。

「今日はミニコーンが出来たんだぞぉ! 食ってけぇ!」

そういいながらくるくる動く。まったく、本当に、元気だ。片方の手首から先がないと、言われなかったらわからないだろう。
伯父の長年のパートナーであるスクアーロは本当にいつも動き回っている人だった。
目で追ってないとすぐに見失ってしまうほど、その動きは速かったし、すぐに人にまぎれて消えてしまう。
気配が薄くて気がつかないのだ、あんなに目立つ外見と声をしているのに。
あれは魚だから、動かないとすぐに死ぬんだと伯父が冗談交じりに言っていて、そういえば彼の名前はそんな魚の意味だったと、青年は思ったこともあったものだった。
海のいきものの頂点にたつ名を持つその男は、しかし青年には子どもの時代からとても優しく接してくれて、パーティで迷子になって手を引かれたことも一度や二度ではなく、父親と喧嘩して家出して、伯父の住む家に転がり込んだときも、大声で叱り飛ばされながら、なんだかんだと面倒を見てくれたものだった。
伯父よりも圧倒的に青年に甘かったから、そこにつけこんで、いろいろ、便宜を図ってもらったこともあった。

「どうした」
「ヒサコさんがくれたんだぁ! ズッキーニと交換したんだぁ!」
「そうか」

青年は、二人の口から女の人の名前が出ることに驚いた。

「近所の人?」
「ああ、そうだぁ、ヨシノブ! 最近仲良くなったんだぁ! チョクバイジョ? とかに出してるからってんで、よく売りもんにならねぇ野菜とかくれるんだぜぇ。プロだ!」
「ズッキーニと交換って、…そういえば庭になんかあったけど、野菜でも作ってるの?」
「作ってるぜぇ! 広いし、花ばっか植えててももったいねぇしよぉ! 今年はトマトを山ほど作るぜぇ!」
「…やっぱりそこトマトなんだ…?」
「向こうの味とは違うがなぁ、日本のトマトもうまいじゃねぇかぁ。ソースにすんなら山ほど作らねぇと終わっちまう」
「……やっぱりトマトソース作るんだ…?」
「あったりまえだろぉお?」

そういいながらきょとんとした顔で青年を見つめかえす。伯父はさっきから、二人の会話がよほどおかしいのか、肩を震わせて目元を緩ませていた。話に出たミニコーンにマヨネーズをたっぷりつけて、ばりばり頬張っている。

「ヨシノブにも食わせろぉ!」
「え、なにこれ、小さいとうもろこし?」
「そうだぁ!」
「とうもろこしは1本に1個、多くても2個程度しか実を残さないんだそうだ。だが実際にはもっとたくさん実はなるから、早いうちに芽を摘んでしまう。そのときのがこれだ」
「へえ〜、あ、ほんとだ、なんか小さいつぶつぶが」
「やわらかくて甘いんだぜぇ! 一回しか食べられないし、作ってないとまず、味わえないからなぁ!」

二人で交互に説明される。なんだ、結構うまくやってるんじゃん、わかってたけど。
青年はそう思いながら、にこにこして食事を食べた。

トマトとナスとピーマンとズッキーニの入った冷製ラタトゥユ、クリームチーズとサーモンとハムを挟んだベーグルサンド、レタスときゅうりとたまねぎのスライスに刻んだインゲンマメを潰していれたドレッシングを回しがけ、ハーブが敷き詰められた野菜の上に乗せられた鶏肉の皮はぱりぱり、中はかみ締めるとじゅうっと甘い肉汁が染み出してきて、酒がいくらでも入りそうだった。青年は車でやってきたので、一滴も酒を飲ませてもらえなかったが。
デザートにはたっぷりシロップがしみこんだ、ふわっふわのババまで出てきて、まさかこんなの毎日やってるのかな、と流石に驚いて、スクアーロにそれとなく聞いてみたら、そこらへんのもので適当にやったから悪いなぁ、などと返って来るのにさらに驚いた。

「……スクアーロってそんなに料理うまかったっけ?」
「他にすることがねぇからな、ここ数ヶ月ですげぇうまくなったぜ」
「……伯父さんってスクアーロに本当によく面倒みてもらってるよねぇ……」
「俺が見させてんだ」
「へ」
「退屈にさせるとろくなこと考えねぇからな」
「…ろくなこと考えないの?」
「俺のことで頭をいっぱいにしておかねぇと、すぐに止まって動かなくなりやがる。鮫なだけにすぐに腐りはしないがな」

そういいながらやっぱり、伯父はひどく楽しそうに見えたので、青年はまぁいいか、という気がしてきた。
あとで父親と母親にも報告しよう。祖母にも。
仕事の話と一緒に伯父がもってこいといった遺言書の、立会人に名前を書けといわれた意味も、青年にはなんとなくわかっている。

デザートをゆっくり食べながらカフェを飲み、だらだらと伯父と話をする。自分の近況を話したり、伯父の近況を聞いてみたり。
伯父の話はスクアーロのことばかりで、なんだかそれが青年にはひどく楽しくて、困ったような顔をして笑うしか、他に方法がなかった。
青年が照れ笑いをしている意味を伯父は正しく理解して、眉間の皺をいよいよ深く刻みながら、あいつがいると退屈しないからな、と呟いた。
なんだか喉がつかえるような甘さを感じるのは、切り分けたババのシロップに、ほんのりキルシュが入っているというだけではないだろう、と青年は思った。
なんという、なんだろう、なんというか、なんだって、これは。
父がよく、あの人たち公害なんだよ、なんだってああ垂れ流すの、二人とも存在感があるだけにすごいんだよねぇ、と思い出話の最後にそう、呟いてため息をついていたが、その意味を青年は正しく理解した。
なるほど、確かにこんななら、町のご婦人たちも、スクアーロを放っていくことなど出来ないだろう。
愛は人をあまくするのだ。


父と祖母の家に寄っていけと渡された袋の中にはとりたての野菜が山のように入っていた。母は嬉しそうに手づくりのあんずのジャムといちごのジャムを冷蔵庫にしまいこんでいたし、祖母はジッパーつきビニールに入っていたオリーブオイル漬けに目元を潤ませていた。
どちらも前に二人が気に入って、おいしかったと言っていたものだと聞いたとき、流石にイタリア男は伊達ではないな、と青年はしみじみ思ったものだった。確かにこれでは、情報がなんでも筒抜けになるだろうことは想像に難くない。

「すごかったでしょ」

父がそう言って寄越す。
青年はため息をついて、想像以上だったと返せば、あれでも昔よりよくなってるんじゃないのかなぁ、と返された。
青年は子供だったので知らなかったが、父が若い頃は本当に、あれ以上に凄かったらしい。
若い時分の二人は本当に見事な黒と白、赤と青の一対で、美しくてスタイルがよくて怖くてかっこよくて、それでいて他人を寄せ付けず、孤独でかたくなでなにものかに背を向けていた。時々しんとなにか、冷えた空気を感じたことが、青年にもなかったとは言い切れない。
今はそんなことはないように思える。伯父は本当に、昔に比べれば格段に機嫌がよかった。怒っているように見える顔をしているだけで、本当に怒るようなことはなくなっているのかもしれない。雰囲気がずっとやわらかく、落ち着いていて、楽しそうだった。

「あれ、もしかしたら命綱だったのかもしれないねぇ」

父がそう言った言葉の意味を青年は定かにはわからなかった。そうなるようになる何かがあったと父はいうが、詳細はけして口にしなかった。
それは「しらなくていいこと」なのだと知っていたから、青年はそれ以上を聞きたがらなかった。
どっちがどっちの、命綱なんだろう。
その答えに意味はないような気がした。




「そうだぁ、今度うちに人呼んでもいいかぁ?」
「おめぇ勝手に呼んでるじゃねぇか」
「家んなかに上げてもいいかぁってことだぁ! いっつも世話になってるからよぉ、パーティでも開こうかと思ってよぉ」
「はぁ?」
「あとおまえの顔がみてぇってすげー言われてもう断れねぇから、ちゃんと顔だせよぉ!」
「はぁ? なんでそういう話になるんだ?」
「俺があんまおまえのことばっか話すから興味があるみてぇだぜぇ? あんま脅かすんじゃねぇぞぉ!」
「……………」

とりあえずザンザスはその返事に、なにもいわずにスクアーロの後頭部をてのひらでぱしんとはたいた。
さすがに日本の暑さに負けて、最近スクアーロは髪を切った。
背を覆う髪を肩の少し上で切り、いつも首の後ろで縛っているようになった。
そうすると、思ったよりも細い首筋や顎の線がシャープに見えて、スクアーロは一層、鋭利ではかない印象になる。
最近やたらと近所の年配のご婦人がたから、なにかと物を貰ってくるのはそういう理由か、とザンザスは考えた。もちろんその中にはご婦人以外も含まれてはいたのだが、それももう慣れていたので、ザンザスは考えないことにした。考えるとキリがないからだ。

遺言状が書けるほど長生きするとは思わなかった。もっと早くに死ぬと思っていた。こんなに穏やかに過ごせるとは思わなかった。
最初は何もなかった。母親の愛も暖かい食べ物も、ただ掌の中の炎だけがあった。
それが人生を切り開いてきた。あるいは人生を、翻弄してきたのかもしれなかった。
それを恨んだことも、憎んだことも、失うことを恐れたこともあった。
大切だと純粋に思えるようになったのは、本当に、ここ最近のことだった。

手の中の炎があったからこそ。
一人でなく、この年まで生き長らえて、こんな場所にいるのだと。
今はそう、思えるようになった。








町で噂のおおきなおうち、遠い国からやってきて、そこに住んでいるのは、よく考える猫と、よく動く魚でした。
猫は魚が大好きで、何度も食べてみましたが、食べても食べても魚はなくなったり、死んだりすることがありませんでした。
なんでだろうと猫は思い、それでも魚を食べました。
そのうち、ようやく猫はおなかがいっぱいになって、眠ることが出来たのです。
魚は猫の空腹を癒すためにやってきました。だから猫が眠ることが嬉しかったのです。
猫はようやく眠ることが出来ました。安心して、おなかがいっぱいになりました。いままでどうしてこんなにおなかがすいていたのか、思い出せないくらい今はおなかいっぱいで、いい気持ちで、安らかでした。
魚が猫に食べさせたものの名前は――。
2009.7.17
次世代のヴァリアーってどうなってんのかな〜…? と思っていろいろ勝手に妄想していたら何故かこんな話に。
年食ってからのほうが甘いと胸焼けするよな〜〜…ってことで……。
綱吉の息子は吉宗と慶喜かなぁ(笑)


Back  
inserted by FC2 system