まちでうわさのおおきなおうち
オヤジというより爺XS

「またなんかもらってきやがったのか!」
「そう怒るなよぉ、綺麗だろぉ? 花が終わるまで見てから庭に下ろすといいって聞いたんだぁ。あとこれ、庭で取れたフキだと」
「フキは下ごしらえがめんどくせぇ…」
「んなこと言って煮たの好きだろぉがぁ!」

その大きな大きな洋館の中は基本的に一階は土足。
玄関に続いた広いポーチと台所にどっかりと、両手に持った荷物を置いて、白だか銀だかの長い髪を背中で一まとめにした壮年の男が大声で家の中に話し掛けた。
門が開いた音を聞いてすぐに車の音、どかどか入ってきた足音に、少し肌寒いので火を入れていた暖炉の前のソファから、のっそりと白髪の男が立ち上がった。

がさがさ音をたててビニール袋から長い長い緑色の茎を取り出す。とたんに室内に春の緑の香りが満ちて、ザンザスは目を細めた。老眼鏡の向こうで、相変わらず白くて長くてうるさい体がくるくると動き回る。
今日はエメラルドグリーンのトレーニングスーツの上下にスカイブルーのTシャツ、肌が白くて髪も白いので、派手な色の服ばかりスクアーロは着ている。
見ているだけだとありえない組み合わせなのだが、実際着てみると別におかしいようには見えないのが、ある意味凄いことだとザンザスは思っている。
こちらはボトムがいつも黒か紺、シャツは赤やオレンジやピンク、似合うから凄いが派手な色なのは間違いない。
綺麗な色は年を取ってから着るもの、衰えた肌を補うために明るい派手な色で身を飾るべき、そんな意識で服を選ぶべきだという、やはり彼等は異国の男、ルネサンスの大地、色彩の国の血を引くローマの子である。

そしてさらにありえないことが、スクアーロが両手に持っている数々の「貢物」である。
日本に来て四ヶ月、この洋館に住みはじめて三ヶ月。二ヶ月前のある朝、回覧板と区長がある日やってきて、この家に住むことについての地域の説明をいろいろされた後、「あさって公民館で区の集会があるので来て下さい」と言われた。
勿論ザンザスは年を取っても依然そんな集まりにこまめに出るような男ではなく、当然その役目はスクアーロに回ることになった。
適当に顔出しておけと言っておいたのが、集会が終わって戻ってくるはずの時間になってもこの男、依然全然戻ってこないのだ。
夕食を作って食べてから行ったから、そちらの心配はなかったが、風呂に入ってベッドに入ってもまだ戻ってこないのに、流石に心配になって携帯を鳴らそうとしたらようやく、玄関に足音がして。
紙袋になんだかわからないものをぎゅうぎゅうと山のように詰め込んで、スクアーロが戻ってきたのが、住み始めて25日目の金曜日の夜だった。




女は綺麗なものが好きだ。
そしていくつになっても結局、異性が好きなのだ。

新参者として入ってきた異国の、しかも長身痩躯の長髪の男、長く不在の洋館に住んでいるというだけでも女には魅力的であることは想像に難くない。
女だけでなく男まで、その姿にうっとり目を見張り、話せば案外バンカラな、その外見と中身のギャップにいっぺんで、ファンがダースで出来上がり。
庭 にまだ何もなくて何か花を植えたいんだけど、何しにしたらいんだろぉなぁ? とためしに聞いてみたところ、造園業のオヤジがさくさくと適切なアドバイスと園芸指導、山野草好きのおばさんが庭の花を分けてあげるといい、盆栽好きの元教師が早く大きくなる虫のつかない植木を斡旋して馴染みの店に電話してやると言い、農家のおばさんが庭で取れたのよと山盛りの野菜をくれて、植えるなら実のなる木がいいわよ、消毒はこまめにね、と口を利く。
年ふりて衰えぬ、おそろしいまでもモテモテっぷりである。若いうちからとんでもない魔力を発揮していたが、年齢を重ねてもまったく、その威力が衰えないのが心底おそろしい。

ザンザスは、はぁぁあと大きくため息をついて、テーブルの上に広げたフキを半分に切った。湯を鍋で沸かし、煮る準備をする。
スクアーロは貰った鉢植えをどこに置こうかと思案しながら、台所の出窓に並んだ花の鉢をあちこち並び替えていた。
赤にベビーピンク、フクーシャピンクにコーラルピンク、すかしの入った花が色とりどりに、出窓で季節を告げている。
半分はもらい物だというのが恐ろしい。
そ んなものを飾るんじゃねぇと言ってみても、昔っから自分に寄せられる好意に死ぬほど鈍いこの男、「なんで駄目なんだあ、花には罪はねぇだろぉ、殺風景だから緑とかあったほうがいいぞぉ?」とそんなことをしらっと言ってはぽつりと手にした赤い花の鉢植えに、おまえの目の色の花が好きなんだぁ、とかさらっと言うものだからなんというか、まぁ。

「寝室に置くんでもいいかぁ?」

そんなことを言いながらようやく戻って冷蔵庫の中を覗いて。

「今日はメシ何にするのがいいかぁ?」

二人で夕飯の支度をする。
待っているのが惜しいから、結局は一緒に作ったほうが早いし、時間の無駄がないからそうする。
料理を愛するイタリア―ノ、毎日の料理は別段嫌いではない。食事はやはり日々の楽しみ、自分の食べるものを自分で作れば安心は安心、それを大切な人が食べてくれれば一層安心なのは双方、同じ気持ちでいるのも同じ。

「フキを煮たら剥いて、大部分は煮て明日以降の酒のアテ、少しとってパスタの具とサラダに乗せる」
「パスタかサラダかどっちかでいいだろぉ」
「じゃパスタがいい」
「サラダはレタスと、あー、キャベツ傷んじまう! こっちパスタに入れようぜぇ!」
「じゃサラダとパスタに両方入れるか」
「そんなに同じ味でいいのかよぉ」
「別に同じ調味料にするわけじゃねぇ。サラダはオニオンでパスタは、……そうだな、何がいい?」
「へっ? あ、俺は塩かしょうゆであっさりでいいと思うぞぉ。マグロ入れようぜぇ」
「…おまえホントにこのマグロオイル漬け(いわゆるシーチキン)好きだな……」
「だってうめぇんだもんよぉ! 味ついてるし、そのまんまでもイケるしよぉ、いっくらでも入って怖いくらいだぁ!」
「ジジィの癖にてめぇ枯れねぇ食生活してやがるなぁ……」
「何言ってんだぁ! 年取ったらいい油ちゃんととらねぇと駄目なんだぞぉ!」
「……前から思ってたんだが、おめぇのその健康豆知識はいったいどこから仕入れてくるんだ………」
「ああ、会議に行くといつもそーゆー話してくれるんだぁ。ジャッポーネのおばちゃんは親切なもんだなぁ!」
「おめぇもおじちゃんだろーが」
「そうだなぁ、おまえもなぁ!」

がははと笑って缶詰を食料庫から探し出し、開けて嬉しそうにつまみ食い。
ツナ缶と呼ばれるマグロの油漬けがことのほかお気に入りのこの男、「だってツナを食えるんだぜぇ」とか言いやがったのにはあきれて殴る手も止まった。
そろいのエプロンは青と赤、これは日本にいる笹川の家からの新居祝い。
そうして義手で器用にたまねぎを刻む。鍋に入れたフキをかきまぜる。
二人とも背が高いのでシンクは非常に背が高い。
男同士なのでキッチンは通路を広く設定して、ガタイのいい男ふたりで動き回っても狭くは感じない。
鍋に入る大きさに切ったフキをさっと茹で、ザルに開けて冷ます間にサラダとパスタの準備。
二人しレタスの葉を千切って水にさらし、ぱりっとさせて水を切る。

「これやると爪が黒くなるのがヤなんだよなー」
「そうだな。しばらく取れねぇのがイヤだな」

そんなことを言いながら、皮を剥くのを二人でやるとザンザスは妙に真剣に、一心不乱にしてしまうのをスクアーロは知っている。
それがなんだか、至極楽しい。

「…なんだ?」
「なんでもねえ」







訪問者にはめったに顔を出さない、町内会で噂の美人の同居人の男は、いろいろな都合をつけて家を訪れる人の前に、一度も顔を出したことがない。
いる気配もないようだが、イタリアからわざわざ日本に移り住んだというなら、あれほどの屋敷に一人で住むわけがない。
老後の何十年を過ごすのに、あんなに大きな部屋はいらないのし……と、おばちゃんの噂はかなり遠くまで通り、しかもネットワークがハンパなかった。




あのうち、座敷わらしでもいるんじゃないのかしら、ねぇスクアーロさんの話に出てくる人、見たことあるかしら? 
ううん全然、だって私二回ほど花もってってたんだけど、一度も出てこないのよ。それっておかしくない? 
人前に出せない人が住んでるとかってこと?
違うわ、そうじゃなくて。でも何で挨拶にも出てこないの? 普通出てこない? というかあそこの屋敷にスクアーロさん意外の人がいるの、見たことある?
そういえばないわねぇ…? でも二人暮しなんでしょう? いつもそう言ってるじゃないの。
案外妖怪とかかもよ、ほら座敷わらしっているじゃない? そんなの。
いるわけないでしょー! やだぁ何言ってるの! でも本当に気配はしないのよね、あそこのうち。
一緒に住んでいるのは男の人だって聞いたけど……どんな人かしら、気になるわねぇ。
今度みんなでお邪魔しない? 旅行に誘ってみたらどうかしら、もちろん一緒にいる人も誘ってもらって。
それはいいわね、どんな人と暮らしているのか見たいわー! 興味あるもん
そうよね! じゃ、今度何か集まりに誘わない? ……これなんかどうかしらね、………いいんじゃない、……が、……の、………そうそう………。







まちでうわさのおおきなおうち、住んでいるのはだれかしら。

住んでいるのはそのむかし、王様になりそこなった王様と、王様の持ち物の中でいちばん、綺麗でりっぱで強くて丈夫な剣。
つるぎはもちろん、王様の世界を革命する、力、そのもの。
そしてそれは、何より綺麗な銀の魚。
陸に上がって人になった。




やっぱりそこは夢の城、だっておうさまとじょおうさまがいることに、けっきょくかわりはないのでした。



2009.5.29

ブログネタ。なんとなく続き。老いてなおモテモテ銀鮫絶好調!なカンジが思ったより出なかった。残念。
ボスは座敷わらしのように訪問者を見ています。いるんだけど気配がないから普通の人にはまず、気づかれない、という……(笑)
しかしいいかげん引きこもりすぎなのでなんかさせるべきだろうか…スポーツジムとか通って、若造を尻目にもくもくとトレーニング続けてそうな気もします。大人気ないよ!
(ブログ公開2009年5月17日)
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