全時代的目撃談
日記に書いている小話ログ


一時間に三本の電車が行ったあとのこと。

山あいの細い街道沿いの駅は、小さい割には派手に飾られている。理由は簡単、ここから山に入ればどこ谷にもひとつずつ、旅行番組で常にレギュラーテッパンで取り上げられる名湯秘湯が目白押しだからだ。
東京から近いだけに、平日でもそこそこ人の流れがあり、どうみてもみな、旅行客にしか見えない人たちばかり。
高校が終わるのはまだ時間的に早い、沿線にはいくつも学校はあるが、どこも漏れなく少子化で利用者が減っていて、それよりも増えているのは旅行客ばかり、だった。国内ランキングで常に上位5位圏内に入る名湯が、この道の先にあるのだ。
少し早いがすでに駅前に、送迎バスが数台、お客を乗せるために待っている。同じようにタクシーも並んで、客待ち顔でのんびりと、新聞などを読んでいたのだが。
助手席のガラスをコンコンと叩かれて、はっと運転手はそちらを見た。
よかった、客だ、そう思ってにこやかに、笑顔を顔に貼り付けようとしたところで。
びしっと顔が固まった。

「どちらまで?」

外国人の客も最近は多いから、英語と中国語、韓国語の接待の案内はタクシー協会でやっていた。
ええと、英語でいいのかな、通じるといいんだけど…そう思いながら、いいなおそうかと思ったときに。

「川中温泉ってのはここでいいのか」

なめらかな日本語がするりと口から、日本人よりも綺麗な発音で落ちてきた。

「はい、こちらで結構です。どうぞ」

後部座席のドアを開けると、黒いサングラスをかけた男が、鷹揚に乗り込んでくる。
本革のコートに手袋、一目見ただけで高級な服だとわかる。しかも外国人らしくものすごく背が高い。長い手足を折りたたんで後部座席に乗り込めば、まるでそこは四角いおもちゃ箱のよう。ゆったりと腰を落ち着け、シートに背を埋める黒い髪。

「少し詰めろよ」
「うるせ」

一人かと思っていたら、もう一人乗り込んできた。こっちは銀の髪――そんな色の髪があるのか、とついぎょっとなってみてしまうほどの綺麗な色の銀の髪。長く伸ばされた銀の髪が、サングラスの顔を隠した。こちらも同じように、少し色の薄いサングラスをしたまま。
外国人は瞳の虹彩が薄い場合が多いから、日本の日差しは強すぎてまぶしいのだ、という話を思い出した。同時に警察の指示と指導も思い出し、今朝見てきた指名手配の顔を思い出す。外国人はいなかったよな、この二人、身長は180の上…うん、関係ない。
そうしてドアを閉めて発進すると、勝手に締まる戸に銀のほうが驚いて歓声を上げる。

「すっげぇな、ドアが勝手に閉まるぜぇ!」
「日本はなんでも自動にしたがるな」
「さすがロボットの国は違うなぁ」

サングラスをしていても、二人とも震えるほどの美貌の持ち主だということはわかる。
中に入ってきた動きがもう、日本人とは全然違う。足も腰も使い方が、まったく。
どんな関係なのか、気になるが声がかけづらい。乗ったときからさっそく、二人して窓の外を見ながら話を始めたからだ。
鷹揚に答える黒髪の男のバリトン、女にしては低い声であれはなんだ、これはなんだ、聞いているのは銀の髪のほう。
道は細いがそれほど遠くはない。
外国人を別の温泉へ運ぶことはあるが、名指しでこんな、一軒しかない宿に運ぶのは珍しい。
確かあの宿は、何かの。

「お客さん、秘湯の会にでも入ってるんですか?」

日本語で通じるかな、とは思ったが、すぐに銀のほうが食いついてきたのには驚いた。

「お゛おぃ!知ってるのかぁ!」
「うるせぇ」

流れるような動きで隣の黒い髪の男がぱこっと頭をはたく。いい音がするなぁ、と思った。

「いてぇ」
「こんな狭いところでわめくなドカス」
「悪かったなぁ…ああ、そうだそうなんだ、ヒトウノカイ? ってやつだぁ!」

それにしても声が低い女だと運転手は思った。

「ガイドブック貰ったんだぁ! そこってどんな温泉なんだ? 露天風呂あるか?」
「ありますよ。お湯もいいお湯だという話ですが」
「そうかぁ! 楽しみだなぁ、ボス!」
「うるせぇってんだろ」

楽しそうに隣の男に話しかける銀髪の、その頭を大きな手が掴んだと思ったら。
ふっとバックミラーから目を離してカーブを曲がる、
狭い道なので対向車が来ると結構危ない。
奥に産廃所があるので、狭い道なのに大型車が入ってくるのだ。

それを避難道によけてから発進、集落を超えて山に入って…後部座席が妙に静かになった。
こういうときに外国人は大抵スキンシップ中、寄り添ったり手を握ったり、はたまたそれ以上の何かをしている場合が多い。
ちらりと見たバックミラーは予想通り、銀と黒の髪が寄り添っていて、ぴったりと身を寄せているに違いない、だろう。

小さい一軒宿の看板が見えた。
宿まで距離はあと1キロ、静かな山間の道を走るタクシーの中で、
日本だろうがイタリアだろうが、場所をまったくわきまえない御曹司は、
他人と話す部下が気に入らなくて胸に抱きしめて一安心。
こんなんで大丈夫なんかなぁ、と抱きしめられているほうの副官は、小さくため息をついた。




2009.2.13
日本で冬のバカンスを過ごす公害バカップル三十路暗殺部隊夫婦のとある目撃談・1はこちらのサイトにお嫁入り。
川中温泉は地元でもすごいマイナーな秘湯の会加盟の一軒宿です。そんなに山の中じゃないんだけどね。露天風呂がすごくいいお風呂でした。建物が古くて、それがまたよかったな〜。

(2009.3.19)場所をちょっと移動しました
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