MyFirstTime・4
がっつり18禁なのでご注意ください
死ぬ死ぬと何度思ったか知れやしない。
この男とこういう関係になってから、そんなことを考えたのは一度や二度や三度や四度ではない…もう数を数えるのも忘れたくらいそう思った。翌朝目が覚めて、ああまだ生きてるなぁと思うのはいつものことだが、しかし今はまだ朝ではない。
まだ夜だ、日付はそろそろ変わろうとしているが、まだ誕生のその日のうち。恋人なのか上司なのか、それともそれ以外の何かなのか、はたして定まらぬ男と過ごす夜は常に死と隣り合わせな気分が抜けない。それは肉体の消耗、という意味だけでなく。
「も、…止めろぉ…」
「――なんでだ?」
「あんた酔ってんだろぉ…? おかしいぞぉ」
「俺がおかしいなら、てめぇもイカレてやがるんじゃねぇのか?」
「かも、なぁ……んっ、――ヒッ」
ザンザスは本当に子供のように楽しげに、自分の体の下で跳ねる体をいじくりまわしていた。浴槽の中では結局最期までしなかったが、おもうさま指や舌で暴いた肌はひどく血色がよかった。何杯も重ねた酒盃のせいか、いつもはもっと深いところに隠れている熱は、皮膚の表面のごく近くにあり、僅かの刺激ですぐに表面にあらわれた。
一番それが顕著に目に見える場所は固くしこった胸の先で、普段はほんのりと赤い程度の乳頸が、まるで朱を流したように血を集めてこごっていた。長くて太く、関節の目につくザンザスの指が、それを捕まえて摘みあげれば、驚くほど素直にスクアーロの声が上がる。
昔はこんなところを弄繰り回す余裕はなかった。顔を見るのも惜しくて、出来るだけ早く善くなるためにいろいろなことをしたがった。
八年のブランクがあってからもう一度、手を伸ばして敷き込んだら、驚いて固まったのにこっちが驚いた。なんでそんな顔するんだと思ったが――こっちは最期に肌を暴いたのはほんの少し前のことでも、この男にははるか昔の、思い出になるほど遠い過去の記憶になると、気がついたのはだいぶ後になってからだ。
久しぶりだから気持ちよくなくても怒るな、その意味もよくわからなかったのだ、その時は。
そして一年。
回数を数えるのも面倒なほど、数だけはこなしているような気がするが、満足しているのかと言われれば返事にはたぶん、困るだろう。ただもう欲しかったのだ、顔を見ると、声を聞くと、ただ衝動が身を焼いて、体が勝手に動いた。初めのうちは返事も言わなかった、ただ驚いた瞳で見つめ返すだけだった。不満があるのか、それとも何か別の?――返答を待っていても、戻ってきたためしはない。
だから手っ取り早く自分の衝動を満たすために、服の下に手を入れてシャツを引き裂いた。二度目にはやり方を思い出した。硬い体を暴くよりも、時間がかけて蕩かしたほうがずっと自分が楽しいことも思い出した。――思い出した? そんな昔のことではない、ザンザスの意識の中では。だが八年の知識を詰め込むために、起きている時間のほとんどを情報収集にあてていると、ほんの数日で数年を生きてきたような錯覚を感じるのもまた、事実。
寝て起きると体が痛かった、いくらでも食事は腹に入った。夜になると恐々と銀の色の長い髪の男が部屋にやってきて、じっと自分を見ているので、その体に手を伸ばした。伸ばされるのを待っている風なのに、実際触れると何か耳障りの悪い声でわめくのが不思議だった。手元にあった灰皿を投げつけ、グラスの中身をぶちまけて、首根っ子を掴んで振り払ってようやく、視線が真正面から自分を捕らえて、そうなったら後は一直線にその体を弄繰り回すだけ―――それだけだ。
高める動きは驚くほど巧みだった。炎を内包する掌は今も少し他の肌よりも熱く、血を集めて固くなっているスクアーロの雄を、意図を持ってしごきたてる。すでに一度、吐き出す寸前まで高められたので、いい加減限界がきているのは確か。腹筋がびくびくと痙攣して、ときおりぐっとくぼみを刻むのが見てとれる。
「しつこい、…ぞぉ、…」
「ん――? そらよかったな。しつこくしてるんだから当然だろ」
「悪趣味、じゃね…ぁっ、あっ、」
極めそうな寸前で刺激をやめ、濡らした指を奥へ誘う。長い太いザンザスの指が入り口を探り、そして僅かの助剤を使って中へ入り込んだ。きつくて狭くいが、ザンザスの指を知っている体が、それに応えようと動き始める。馬鹿みたいな体だ、そんなに嬉しいのだろうか。
「まぁ、おまえが一番趣味悪いなぁ」
「…そら、悪かった、な、……」
「締めすぎだ、少しは緩めろ」
「一回、イカせろよぉ…」
「それは駄目だ」
ザンザスの宣告に、銀の髪が跳ねて踊った。
「な、んで、だ、よ…っ」
「もっとぐちゃぐちゃにしてやる」
そう言って、ザンザスは手の中の水分ごと、軽く動かしてわざと大きく音をたてた。ぐちゅり、水っぽい音がひどく大きく部屋の中に響く。
「も、無理…、いっ、あ、」
「ま、だ、だ」
「あぅ…!」
キスの音をたてながら、見事な筋肉に彩られた腹から頭を下ろしてゆく。スクアーロの肌は色が薄くて跡が残りやすい、そしていつもさらさらしている。汗がべたつかないのは循環がいい証拠、動けばすぐに熱が上がるのも同じこと。
唇でスクアーロの芯の輪郭をなぞりながらさらに下へ。女とは違う匂い、それがザンザスは気に入っている。そろそろ泣きが入る頃合だ。
「ひ……!」
ああ、堰が溢れる。もう少しで溢れて流れる。早く駄目になってしまえばいい。手の中で濡れるのがわかる、力が増して苦しそうなのが聞こえる。もがく足が綺麗に曲線を持ってシーツの上と肩の間を動く、案外大きく暴れるから内側に歯を立てた。
「いっ」
歯の間に薄い肉を挟んで少しだけ、力をこめる。傷が出来るまで噛むには余裕がない、薄い皮膚の下はすぐにしなやかに張り巡らされた筋肉。それにはさすがに歯がたてられない。
唇で芯の輪郭をなぞり、咥えれば手が髪を掴んで押してくる。引き剥がすことなど出来ないように、さらに深く飲み込んで、感じる部分に舌をあててこそげるように動かす――指が、耳の上で跳ねた。そうだ、それでいい、こめる力の場所が違うことを、思い出せ、思い出せ――いますぐに。力はこめるのではなく緩めるものだ、開くために撫でていることを忘れるな。全部渡せ全部寄越せ、そうすれば施してやる、おまえの欲しいものをやる――やれる。
元からスクアーロの声は高いうちにはいる、わざと低く潰すように喋るのは、昔それを嘲ったことがあるから。歌えばアルトまで声が出る、そんなことはルッスーリアに言われなくても知っていた。だから鳴かせるのが楽しかった、昔から、そして今でもだ。ぎゃんぎゃんわめく声が喘ぎになるのは本当に楽しい――血が踊る。体中の血が沸き立つ、興奮する。刺激される、などというものではない。全身が反応するのを感じる、それは殺しの快感とよく似ている――そんなベッドで快楽を感じるのは、この鮫を弄くりまわしているときだけだ。

すする音、舐める音、水っぽい音がひっきりなしに銀色の髪の間からみえる白い耳の中に流れ込んでくる。耳たぶの裏に赤い刻印、主が浴室で彼につけた所有の証。やけに優しい手が体中を撫で回すのが怖い、そう思うのに体に力が入らない。
殴られるのに肩に力を入れて目を閉じる、歯を食いしばって衝撃に耐える。それと真逆の行為のはずなのに、感覚はそれと同じような気持ち、いや、それよりももっと、こわい。
ザンザスの指は流れる体液と潤滑剤で体の奥を暴き続けている、指の数がもう一本増えた。最近ザンザスはひどく前戯に時間をかけるようになった、なんでだと聞けばそのほうがいいからだ、などとひどく冷静に答えてくる。冗談だろう、こっちはあんまり長く弄られると気持ちが悪くなってくるというのに――そんなことも、もう言えなくなった。冗談ではなかった。
本当だった、ザンザスが言っていたのは本当だった。気持ちがいいとか悪いとか、そういうことを言う余裕がなくなった。確かに始めのうちはそうじゃなかった、目覚めてから最初のうち、そして争奪戦の後しばらく、その間はそんなことはなかった。こんなことをするようになったのは本当にここ最近だ。最近すぎてまだ慣れない、慣れないから毎回怖い。
長い指が体の中を暴き立てる、感じる場所や感じるところを、いつからザンザスは探るようになったのかスクアーロには記憶がない。こんなにしつこかったっけ、これほど何かを探すように弄られていたことがあったっけか――ザンザスがくれるものなら何でも彼にはいいことだったので、それに順位をつけることができないということを、スクアーロはよく忘れる。許容量を越えてザンザスが「いる」からだ、わかっていないのは彼だけだ。
俺本当に気が狂ってんなぁ、馬鹿みたいな喘ぎ声を上げながらスクアーロは意識の片隅で考える。指三本突っ込まれて擦られてるのが、前弄られるより気持ちがいいなんて男として終わってんなぁ、暴力的上司に噛みつかれるほど強く肌をかじられるのが、キスされるのより気持ちがいいなんて人間としても終わってんじゃねぇの。
気持ちいいのか悪いのかわかんねぇくらい気持ちがいい、だけどもっと気持ちがいいことを知ってるのももう駄目だよなぁ、こんなことが一番いいなんてなんつーか、もう、ホントに馬鹿じゃねぇの――なんて、思うだけ無駄だと知っているけれど。
「なぁ、…っあ、も、…いい、……いい……ぃ、」
「限界か?」
「アンタが、だろ…っ」
「そう思うか?」
「俺が、もう、……げん、かい、だぜぇ……」
「だらしねぇな」
そう言って唇を舐める男の、その眼差しが凶悪なまでに色っぽい。乱れた前髪の奥で光る紅の瞳、充血して少し色が鮮やかになっているのが見える。部屋の灯りは消していない、足下とベッドサイド、そして窓際に灯りがついたまま。元より寝室に明るい光はない、眠る前に鮮やかな光は必要ないから、ほのかな光だけしか寝室には置いていない。ぞれを全部つけても部屋はうっすらと壁紙の光を反射して柔らかなオレンジになるだけなのは、赤い目の主が人工の光にあまり強くないからでもある。その橙の光に彩られた裸の背中、傷の残る肌が発光しているように浮かび上がる――目が奪われる。
光は銀の髪を染めて違う色に見せるときもある。だが金に見えるはずのその銀の流れは、白いシーツの光と灯りの組み合わせの中でも依然銀のまま。いや、普段以上に艶かしくつやつやと光輝き、水分を補われ、汚れを落とされて、美しく流れを描いて肌を彩る。
スクアーロの膝を掴んで引きあげる。観念したのか待ち望んでいるのか、見開いた瞼がふっと翳って、睫毛がかすかに震えて影を落とした。あまり顔に色が出ない質なのか、スクアーロの頬が赤くなったのをあまり見たことがない、とザンザスは思った。だが感極まってくるとこうして、肌が透けるように艶を増し、睫毛も髪も産毛までも、震えて揺れて光り輝くようになる。
「くれてやる」
目は閉じない。ゆっくりと馴染ませる。ゆるゆると動いて、位置を探る。探す必要も感じないほど、何度も使っている場所だった。触れているだけでわかる、欲しがって蠢いている。先端をあてて腰に力をこめる――銀色の睫毛が震えて、半分閉じかけていた瞼が開かれた。
「あ」
「息を吐け」
「――――ぁ、」
ゆっくりと押し込むと、それに呼応して水が目元に押し出される。不思議だ。スクアーロの中に入れば入った分だけ、スクアーロの目に涙がたまってくるように思えてきた。膝をもう少し引き上げる。腰が浮く。隘路が拡がって、さらに奥へ誘われたような気がした。力をこめればさらに開かれる、膝が開く。苦しそうな呼吸に合わせて、盛り上がる涙から目をそらせなかった。
呑ませることができるところまで呑ませると、張力の限界が来てスクアーロの目から水がこぼれた。ぱたりと落ちる水が肌に筋を残す――なんだか初めて見るような顔だった。
安心したようなため息を吐き出して、スクアーロは目を閉じた。その閉じた瞼の先の、びっしりと生え揃った睫毛に目が吸い寄せられる。馬鹿みたいに顔ばかり見ているな、そう思ったのも一瞬、繋がった粘膜同士が動きを伝えあった。
「イイ顔しやがって――、カスが」
「……ああ、…ん、……」
びくびくと震える皮膚が、体の熱を伝え合うのがわかる。一番深いところが繋がっている、お互いに最大の弱点を相手にさらしたままだから。だからこその緊張と弛緩、だからこその快楽と恐怖。殺し殺されるような感覚が体中を暴き立てて揺さぶってくる。
背中がぞわぞわするのは嬉しいからなのとは違うのか、いつもスクアーロはその間で彷徨う。素直にそれを受け取るのはまだこわい、なくなってしまうことを畏れる気持ちはまだ消えない。まだ一年、たった一年、そして間にやっぱり一度失って、離れていて、だからやっぱり受け取りながら、受け止めながら、いつもそれがなくなるだろうと思っている。まだ思っている、そう思っている。思えなくなるなんて考え付かない。
もういい加減ザンザスでいっぱいなのに、まだ寄越すという、まだくれるというのだこの主人は。ちょっとこれ貰いすぎだろ、俺死ぬかも、血管切れるんじゃねぇの、どっちの意味かはわかんねぇけど――どっちの意味でも同じかもしれないけれど。
ザンザスの動きはひどくゆっくりで、ああ、もっとトバせばいいのに、とスクアーロは思っていた。そうしてくれ、もっと乱暴にしてやってくれ、そうしないと耐えられないのだ。もっと早く終わればいい、もっと乱暴に過ぎればいいのだ。
何かを考える間もくれなくていい、考えるとただこわくなる。目をあけているのがもう辛い、うっすらと浮かび上がる主の体に刻まれた火傷の跡が目に痛い。見るたびに泣きそうになるのに、触れると感触が違う肌の、その差が感じられるのが片方しかない自分の手のひらだと思うとなんだか悪い、としか思えない。こんなもんでしか触れなくて悪い、もっとやさしい掌で撫でてやれなくて悪いなぁ。謝ると怒るから言わないけれど(一度そんなことを言ってしこたま殴られた)。
びくんと体が震えた。反応でぎゅうっとザンザスを締め上げたのがわかった。男の笑った吐息と一緒に、押し広げられた感覚が増した。
「今日は、いい反応じゃねぇか、ずいぶん」
「あんた、がっ、いじくる、か、……っああっ……!」
「締めるタイミングがうまくなったな?」
「――そ、んな、ん、――アンタの、せい、だろッ……!」
「かもな。……オマエはイイよ、本当に」
「――え……?」
「俺を善くしてくれるな……、スクアーロ」
そう、耳元で囁かれたと思ったら――あとは、嵐。




完全に落ちた。気絶した。こんなに完全に落ちるなんて、そんじょそこらの拷問より酷い扱いなのではないかとスクアーロは考えた。体が動かせないシーツの間で、髪が口に入るなぁと思いながら。
拷問や痛みには耐える訓練もしていたし、そういうことには強いと思っていた――実際強かったが――スクアーロだったが、さすがにザンザスはそのはるか上をいく方法を知っている、ということか。まぁ気が狂ってるしな、俺――そんなことをぼんやりと思うしか方法がない。なにしろ体が動かない、下半身には感覚すらない。腰は完全に痺れていて動かせないし、股関節になにか挟まったような感覚がまだ残っている。長い間呑まされていたせいでまだザンザスが入っているような気がして、あー、筋肉緩んで垂れ流しになったらどうしようなどという馬鹿なことまで考えた。
動けないのは腰に腕が絡まっているからだ。背中に熱い吐息、主に背中から抱きこまれて、まるで湯たんぽのような扱い。髪を前に流されているので口に入るのに、指先までじわじわと酔いがまだ残っているようで、動かすのにも少し難儀する。目をあけたら左手の先がなくなっていた。ぐるぐる巻いた包帯が、なんとかほどけずに残っているだけで、傷口が剥き出しじゃなくてよかった、とほっとした。ザンザスが体の傷に触れられるのを嫌がるのと同じように、スクアーロも左手の切断面を見られるのはあまり好きではない。興が乗った勢いでもぎ取って投げ捨てられたかなにかしたのだろう。
うなじに呼吸が当たる、背中に腕が回っている。腰を捕らえるように筋肉質な腕が回されて、足の間にも多分、膝が入って暖をとっている、はず、だった。たぶん。そのあたりはあまりよくわからなかった。
目はさめたがとにかくそんな格好だったので動けなかった。服を着ているような感覚はないし、そもそもザンザスはベッドで服を着ない。たぶん事後の姿のままでいるのだろうとは思ったが、あれほどぬかるんでいた下半身の気配をあまり感じなかった。後始末はしたのだろうか。
さしあたっての心配ごとをクリアすれば、あとは体が動かせないので結局また目を閉じるしかない。窓の外、カーテンの向こうに光の気配はまだ遠い。部屋は寒い、髪の先が冷えているようだ。そうでなければザンザスがこんなことをするわけがない。寒いから、人のぬくもりが欲しいから、それが理由なのはよくわかっている、お互いに。
ザンザスが冬を苦手とするのは当たり前だ、思い出にもならない思い出、覚えていないのだからそもそも思い出ではないだろうとは思うが――あれを塗りつぶせるいい記憶など、まだ当分作れそうにない。しかも二回、だ。
スクアーロはもっと酷い。その自覚はあるような、ないような――だから今のところ、お互いの利益は一致している。寒いから一緒に寝たい、そこに人がいることを確認したいから一緒にシーツの中に入り込みたい。その前にベッドの上で激しい運動をするのはまぁ、予定調和的な何か、かもしれないが。
背中に抱きつくほうが面積が広いから熱を与え合いやすい。顔を見るのはまだ恥ずかしいのかそれとも別の理由があるのか、この体勢が基本になっていた、いつのまにか。夏になるまでそうして眠った、寒くなり始めたのですぐにこうして眠りだした。たぶん、お互いに相手がいないとよく眠れないようになってしまっている。怖い理由の原因は同じだが理由は違う、それでも抱き寄せられて眠るのは、八年抱きしめていた悪夢とは比べようがない、極上のベッド。
肩が出ているのだろうか。少し、寒い。
手探りでシーツを引っ張って、羽毛布団を肩に寄せた。極上のベッドスプレッドにはもう冬用のアルパカが敷かれていて、何も着ていなくても寒くはない。シーツにもアンゴラ、肌を撫でる手触りは夢見ごこち。腰を抱きこむ男の腕は重いが、苦にするほどでもない。ちょうどよい重さかもしれない、とすら思う。
結局何も渡すことができなかった誕生日、祝いの言葉だけしか差し出せなかった。いや、貰ったのか…口付けと愛撫、肌を撫でる指先、飲み込まれた唇、探ることをいとわない指先、肌と声とキスと。
満足して眠っただろうか…? 自分が満たされた記憶はある、だがザンザスは満足したのだろうか……そのあたりがだいぶあやふやになっている。酒のせいか記憶がところどころ飛んでいて、何をされたか何を言われたのか、覚えているような、忘れているような、そんな感じがいつまでも消えない。
「まだ寝てろ」
うなじに言葉と吐息が吐き出される。びくっと震えてしまうのは、そう、寒いからだ、ということにしておきたい。
「あ、あ゛…起きた、のかぁ…?」
「寝てる」
「…起きてるじゃねぇかぁ……」
「寝ろ」
「あー……、……うん」
すう、と穏やかになる呼吸の音が首筋をくすぐる。安堵した吐息、ゆっくりした呼吸音。こんな音が聞けるほど近くに人がいて、深く眠れるのは、お互いに相手だけになっている。いや、近くにいないと眠れない、のだ。逆説。安心できるのはここだけ、大切というよりは安心。
まったく困ったもんだ、と改めて思う。こんなのいいことじゃねぇよなぁ、こいつこれでも跡取り息子だしよぉ、いつまでもこんな胡乱な関係を続けてるわけにはいかねぇだろぉ…子供くらいつくらねぇとヤバいだろ、結婚してガキつくってこそのマフィオーソだろぅが…と思うのに、この手を離せないのはどういうことだろう。自分から離せばすぐにこの男には相手なんか見つかるだろうに、なんでこんなことしてるのかねぇ…、俺もおまえも。
ああまったく二人して馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、そう思うくせに背中を抱く腕が気持ちよくて温かくて、気持ちよくて眠くて眠くて仕方なくて、泣きそうで笑いそうで笑い出しそうで胸が苦しくて息ができない。
いつかこの腕の中で死ぬ、そうだ死ぬかもしれない、息が止まる息が出来なくなる、そうしてこの手に目を閉じられる。そのうち全部ザンザスになるんじゃねえの俺、そんな馬鹿なことを考えているうちにスクアーロは本当に、首の後ろの吐息に促されて眠くなった。

誕生日は呪いだと言っていた赤い瞳の御曹司。空の下で吐き捨てられた祝祭の日を覚えている、忘れたことなど一度もなかった。長いこと何も贈れなかった、何も受け取ってもらえなかった。今でもそう思う、まだ足りない、もっとたくさん、なんでもいっぱい、その手に、その手の中にあげる、なんでもあげる、出来ることならなんでもする。

ああ、これがもしかして、こうして眠る時間がもしかして。
これが、自分だけが贈れるプレゼントだったりすんのかな。
だったらいいな、こうやって、御曹司の呼吸が楽になるんならいい、――それでいいじゃねえか、もう。
あんまり望んだらバチがあたる、大それた望みがかなえられるほど大した自分は大した人間じゃない。その割にはザンザスがくれるもんのほうが多い、多すぎるからいくらでも返せる……そうだ、こんなの大したことじゃないんだな、もっとすることも出来ることもある、貰いすぎなら返せばいい。そのためにいるんだし――なぁ、スペルビ・スクアーロ。


遅く開ける秋の朝、ひんやりとした空気が窓の外をひっそりと漂う。さよならをいいたげな夜の帳はまだ名残惜しげに別れあぐねているが、鳥は夜明けを待って鳴き始めている。夜明け前が一番暗くて寒い、その光の、冷たい光の中に輝くのは、澄んだ空気を切り裂く黄金の熱。
生きているという真実、熱を感じられるという事実、毎日の巡り会い、声を言葉を姿を腕を感じられるという現実。朝が刻む時間を、重ねられる幸福を味わうのはまだこれから。
10月11日の朝は、まだ、はじまったばかり――。





2008.12.17
……終わった…。二ヶ月も過ぎてしまってすみませんでした。最期がなんか甘すぎて吐きそうです……砂とか。
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