MyFirstTime・2
 
カードを送ってくるあたりが嫌がらせとしか思えない。
その日が近づくにつれ、入ってくる郵便物に分厚い封筒が増えてくるのが気に入らない。ご丁寧に割印までついたそれの中身がバースディを祝うカードだというのが一層気に入らない。ボスをもっとも苦しめた男から届くと思うともっと気に入らない。気分が悪い。
昼間の護衛の仕事が終わって、城に戻ってからは書類の決裁で、スクアーロは死にそうだった。
溜め込んでいた書類の日付は見たくなかった。部下があれほど早くしてくれとせっついていた意味はわかったが、こっちだって忙しいんだよ、それくらいそっちで処理してほしいと頭の中で叫んでみた。
それが出来ないものが積んであることはわかっている。
しかしなんでこんなことまで書類で決済しなくちゃいけないんだ! と歯噛みしつつも、紙に残すのが一番てっとり早く、確実で、実はもっとも情報が漏れにくいこともスクアーロは知っていた。

何度かパソコンの使い方を教わったのだが、スクワーロは基本的な使い方から先のことがまったくできなかった。左手が細かい調節が出来ないため、右手の指だけでキーボードを打つことになるのだが、それが難しいのだ。普段から書類にスペルミスが多いことが、一層困難さに拍車をかけた。八年間にものすごい勢いで進化した電子機器を、彼のボスは優雅な手つきで扱うというのに。
ザンザスに回る手紙は総て一度幹部に回されて開封される。
入り口で誰から来たのかチェックされ、初めて来たものや送り先が不明のものはそこで弾かれる。名前だけ控えたものが幹部に回り、城にいるときはほとんどスクアーロに回ってきた。そこで開封して中身をチェックする。
文面の確認も同時に行い、仕事の書類と私物の書類を分類する。
ここ二三日、ほとんど来ない私物の郵便物に分厚い封筒が混じってくる。今日は日本から二通も来た。正気か、あのガキども。なんなんだ、このヘンなシールは。これで封緘のつもりなのか。

中身は普通の寿ぎの言葉だけ、習いたての異国の言葉を懸命に綴ったのか、おかしな形に曲がっている。日本語で手紙がついていたのをさっと眺めて、もう一通。だいたいなんでこいつが送ってくるのか意味がわからない。こっちは妙にジャパニズム満載のしつらえで、中身は気に入らないが趣味は悪くなかった。
まぁどっちもすぐに燃やされるんだろうがよ、そう思いながら郵便物を持ってボスの部屋へ行く。
肩と首が痛い。頭も痛い。こっちは書類仕事で痛んでいるのとは違う。

もうすぐザンザスの誕生日なのだ。
当日は小さいパーティをするのだ、と幹部には話が回っていた。仕事がなければ参加すると皆快く答えていた。料理はルッスーリアが腕によりをかけて作ると張り切っていた。その間には仕事入れないでね、とか言い出した時には驚いたが、はりきる気持ちもわからないではない。

去年も同じようにしてパーティをした。あの時はとにかくみな嬉しかった。
ボスを囲んで祝う宴は八年ぶりで、何を言っても嬉しかった。

ボスは基本的には全然喜んでいなかった。寿ぎの言葉と開会の乾杯を聞いて、酒を一杯だけ飲んで、すぐに部屋を出て行ったのだ。
怒っているのかと思って後をルッスーリアに頼んで後を追ったんだっけか…? 
その後はいつものようにブン殴られて蹴られてはっ飛ばされて、……ああ、下から酒突っ込まれそうになったんだっけか? そんなことされたら死ぬ。マジで死ぬ…! とかで必死で抵抗して、後はまぁ普通にガツガツ突っこまれたんだと思ったけどなぁ…正直、細かいことはよく覚えてない。嬉しかったのだ、ただもうとにかく嬉しかった。ボスが戻ってきてくれたことが嬉しくて、嬉しくて、本当に嬉しかったんだ……本当に。
だけれども、ボスは――ザンザスは、そんなことが嬉しかったんだろうか?
ザンザスは自分に関するそういうことを、ほとんど覚えていないし、まったく興味がないのだ。…まぁ、そんなことはどうでもいい。


その後が最悪だった。

処罰があんな短期間で終わったこと自体がそもそもありえないことだった。
普通だったらとっくに首と胴体が離れていて、海で魚の餌になっているか、野山で雨ざらしになっていても文句は言えないところだった。
その原因になったガキどもが、なんだってこうやって誕生日にカードなんか贈ってくるのか、そのあたりがどうにもよくわからない。歩み寄ろうとでもしているのか? ばかばかしい。
何を送ればいいのかさっぱり見当がつかない。長くもない廊下を歩きながら、考えることはそればかりだ。考え事をしているとすぐに着くので、答えはいつまでたっても出てこない。ノックをしてすぐにドアを開ける。
執務室のドアは重くて大きく、開け甲斐があるといつもスクアーロは思う。これはあれか、毎回これをあけることで腕の力をつけろってことなのかぁ?

「う゛ぉおおいボス、手紙だぜぇぇえ」
「ノックをしてすぐに開けるなと言ってるだろうが」
同時にテーブルの上の文鎮が飛んでくる。器用によけるとそれはドアにあたって毛足の長い絨毯に転がった。今すげぇ適当にブン投げたんだな、と思う。ぽすっとか何だその音は。
「これが今日の分の手紙だぁ」
「そこ置いとけ」
「おお」
ばさりと手紙を大きな机の隅に置く。目線を上げたザンザスはその上に、ビジネス書類とは明らかに違うものを見つけて眉をひそめる。長い指がそれを掴み取る。裏を返して送り先を確認したら、眉間の谷間はもっと深くなった。特徴のある眉が潜められ、静かだがそらおそろしい表情になった。
「どうする? 捨てるかぁ?」
スクアーロの言葉を聞きながら何もいわず、ザンザスはその手紙を開く。便箋の文字を読む赤い瞳の目線をスクアーロは追う。読み終わってカードを開き、しばらく眺めてから次へ。雨の守護者からのカードについては本当に意味がわからねぇとスクアーロは思っていたが、ザンザスはふっと口元をゆがめて笑って、それを引き裂いた。
十代目からのカードはそのまま、しかし両方を手のひらに載せて少し間をおけば、それはすぐにメラメアと炎をあげて燃え上がる。しばらく手の上で燃えていたその紙は、すぐに黒く小さく薄くなり、自分の起こした風に乗ってひらりと手の上で舞い、そのまま下にひらひらと落ちた。
「なんて書いてあったんだぁ?」
雨はともかく、あの子供が何をザンザスに言ったのかは知りたい気がした。

「なんでもねぇよ」

素直に教えてくれるとは思わなかったが、やっぱり予想通りだった。
しかしなんであんなもの送ってこようとか思うのかね、あのジャッポーネのバンビーノどもは。
これでボスの機嫌が一層悪くなった。このまま黙って逃げようかと思いながら伺うと、ザンザスはまた椅子に座って、書類の決裁を始めた。
「じゃぁ、また後でなぁ」
後で、という言葉にザンザスが顔を上げる。
その顔があまりに不思議そうな顔をしていたので、スクアーロは今日が何の日なのか、ボスは完全に忘れているのではないかと思ったのだ。
「今日のディナーはアンタの祝いだぜぇ?」
「祝い?」
「誕生日だろ、今日」
「あ? 今日?」
「今カード燃やしただろ!」
「明日じゃねぇのか?」
「今日だよ!」
「そうだったか」
おいおい、まさか今書いていた書類の決済の日付、間違ってるんじゃねぇだろうな!
スクアーロは無意識に呆けたような顔になった。
自分の誕生日を覚えてないことはわかっていたが、そのために前から話をしてきたじゃねぇか。今朝だって話をした記憶があるんだが――夕べだったのか? どっちだったかなぁ…確かに俺は言った。言ったはずだ。うん、言ったんだ!
「終わらなかったら先にやってろ」
「へ?」
そんなことを言うなんて珍しい。いったいどういうことなんだぁ?
「おまえらに待たれると思うと気持ちが悪い」
なんだその言い草ってのは。
「ボスさん、待ってるからなぁ」
「一回聞けばわかる」
これ以上念押ししたらなんか飛んでくる可能性が高くなるに違いねぇ。そう思いながら、スクアーロはドアを閉めた。


ドアの外の足音が立ち去るのを聞きながら、ザンザスはサインしていた書類の上に万年筆を転がした。
螺鈿を巻いた七色の軸が、光をかすかに反射する。
バースディカードを送ってよこすなんて小賢しい真似を、ジャッポーネのガキが思いつくわけがない。
向こうにそんな習慣はないだろうし、エアメールでもすぐに届くわけじゃない。大方家光の差し金だろう――ご苦労なことだ。
そんなものをよこして何がどうなるわけなどない。
自分と彼らの間には、そんな関係はもとからあるわけがない。
今年の夏に会う羽目になった折には、さすがに少し背が伸びて少しは人間らしくなっていたが、相変わらず自分の顔を見ればおどおどと眼をそらし、何を言ってるのか全然意味がわからないことしきりに話しかけられた。不慣れなイタリア語で話かけられるくらいなら、日本語を使ったほうがマシだったが、そんなことを言ってやる義理もない。
ヒアリングは完璧なのだ。うまい言い回しを思いつかないし、そこまする必要が無ないから答えないが、あのガキの言ってる言葉は全部わかる。そっちはこっちの言い回しが判らないのはいい気味だと思うが。
誕生日だと? そんなものが嬉しいと思ってるのか、あのガキは――まだマンマにケーキ作ってもらってるわけじゃねぇだろうな?(しかしそれは実際真実だったので、後にザンザスは思い切り笑い飛ばしてやったのだが)

誕生日。それにいい思い出なんかあった試しがない。
物心がついたときにはどこかおかしいあの女が呪いのような言葉を吐いたし、屋敷に連れてこられてからは嘘臭い大人の上っ面だけの祝辞を聞き流す方法だけが上手くなった。余分な力があったせいで、ほとんど拷問のようだったが、――プレゼントにナイフや毒が仕込まれないよう、チェックされてはいたのだが――いきなりやってきた生意気なガキに向ける鬱陶しい配慮を感じ取れないほど鈍感じゃない。
去年――去年、そうだ去年だ。自分の中ではまだ十代のつもりだったせいもあって、ろうそくの数は不明瞭だった。年の数だけろうそくを立てるなんてガキがすることじゃねぇか――、それを幹部連中が思いやってくれたわけなのかどうかはわからない。

1年、――1年だ。1年生き延びた。
あの事件の後、間違いなく自分たちは死ぬと思っていた。
普通は見せしめのために殺すだろう。トップを手にかけて殺しかけた――たとえニセモノの息子でも、そんな温情で加減をしていたら組織としての面目など立ちはしない。それを厳罰に処さないなんて普通は考えられない。少なくとも今の立場を剥奪し、身分を落として一兵卒から始めさせるか、追放するか――それくらいしなくては示しがつかないだろう。
なのにこの待遇はどうだ――幹部の誰も命を失わず、仕事も以前と同じようにやってくるし、こなしている。まぁその仕事の内容を考えれば、自分たちを処分しなかった理由もわかろうというものだ。……増えた依頼は自分たちのアレが巻き起こしたことが原因なんだろうが。
それにしてもよく一年生き延びた。あの後は、病院のベッドの中でいつ自分が死ぬかと思っていたのだ。体が治るにつれ、敗北感で体中の力が抜けて行くのを感じていた。
絶望で、それこそ今すぐに死ぬんじゃないかと思っていた――だが死ななかったのは、……ああ、ヘンなことを思い出した。

最近ザンザスの思考の中にはいつも同じ人間がいる。思い出のどれにも同じ人間がいる。なんということだ、そんなに自分はあれを見てるのか? そんなに? ……考えるともっと憂鬱になってきた。しかしそう思ってもやはり、去年の誕生日の馬鹿騒ぎから――記憶にある映像の中のどこにも、銀色の髪が翻っていた。
夕べもそれを堪能したのだから当然だ――そう思うがやはりどうにも不愉快だ。不愉快? …愉快に感じたことなどあったのか?
あいつを見るといつもどこか気分が悪い。ムカムカする。なんでこんなに呼吸が苦しくなるのか、全く困った――あいつの顔を思い出すとなんでこんなにムカつくのだ。理由? あいつがムカつくというほかになんか理由があるのか。
それをそれを晴らすためにあいつを殴った後に、もっと気持ち悪くなるのはどうしてだ。だからつい殴った後にあいつを撫で回してしまうのか。はっきり言ってカスを撫で回すのは殴るのよりもずっとおもしろかったし、気分がよかった。あいつが嫌だ駄目だといいながら、最後にはとろっとろに溶けてくるのは最高に気持ちがよかった。そうなると気分が乗ってくるのか、ぎゅうぎゅう抱きしめてくるのだけは鬱陶しかったが。細いくせに馬鹿みたいに力があるのだ、あの男は。背中に爪の引っかき傷が残るのに怒るのもバカバカしい。
なんでこんなことを考えているのか、そう思うとやはりなんだか胸がムカムカする。
誕生日だと? …俺が欲しいものなんざ何もない。それがどうしてわからないのだ、老いぼれも、あのクソガキも。
てめぇらが全部持ってるくせに。


それでもザンザスは祝宴にやってきた。ふてくされた顔で、しかし怒っているわけではないようだった。ルッスーリアは安堵した。
誕生日は口実だったかもしれないが、彼等のボスは寒いのが苦手だ。季節の変わり目にはいつも体調を崩す。それを悟らせないようにしているから性質が悪い。悟らせないようにしてるつもりなのではなくて、本当は気がつかないだけなのかもしれないが。栄養をつけさせなくてはならないのだ――健康管理を怠っているというわけではないと思うが、気鬱の病に落ちると戻ってくるのは大変だ。少しは気分が華やかになるといい。食事は人の精神を癒す。普段その真逆の仕事をしていて何を言うとは思うが、しかし生きているからには人生を楽しまなくては。イタリアーノの信条はここでも生きている。
少し高級な酒を振舞う。これはレヴィから。一年前から注文していた、年間に二百本しか出来ないお酒。ザンザスは一口含んで、いや香りをかいだときから、違うことに気がついたようだった。若いころから酒をたしなんできただけあって、彼等のボスの舌は確かだった。
かしこまったフルコースは似合わない、サラダに前菜、パスタにパン、いつものように、でもいつもより少し手の込んだ料理。城の料理人も心得ていて、食材を惜しまずに使った。白身魚のグリルにレモン、ソースは少し甘め。パスタにニョッキ、茹でたてにホワイトソース、これはベルが好きな味。少し猫舌の傾向があるザンザスは、冷めるのを待ちながらワインを開ける。
「ボスそれいらないなら俺にちょうだい」
「駄目だ」
「なんでなんでー?冷めるよおいしくないよまずいよ食べるなら早く食べて。食べないなら王子にちょうだい」
「食べるからてめぇにはやらねぇ。自分の食え」
「もう食べちゃったもん」
「早食いするなんざ王子のすることじゃねぇぞぉ」
「スクアーロのもらいっ」
「あ、待てキサマ」
「まだあるから取り合わないの、二人とも」
「ワインをどうぞ、ボス」
「ん? ああ」
グラスがあいたのでレヴィが酒を注ぐ。緊張しているのか、妙にカチカチと音がする。押さえ込もうとして失敗している。最後に少しこぼしてしまったのを慌ててナプキンで拭いた。珍しくザンザスは怒らない。じろりと見られただけだ。
「ボス、その酒俺が選んだの。どう、うまい?」
「悪くない」
「だろだろ? 最近王子のお気に入りなんだ〜しっとりしてるけどガツンときて、野趣があって香ばしい! 焼けたどんぐりの香り!」
「そうだな」
ベルは新しく盛られたニョッキを早速口に入れた。火傷しないのは子供だからなのか、とスクアーロは思った。実は最初に口に入れたときに、夕べ殴られて出来た傷にしみて思わず顔をしかめてしまったのだ。
スクアーロを殴った本人は至極真面目に出された料理を口に運んでいる。相変わらず完璧なマナーだ。優雅ですらある。
ザンザスは怒りっぽく、何かとモノを人にぶつける癖があるのだが――食事のときは殆ど暴れないのだ。ちゃんとしたディナーの席では、絶対にそういうことをしない。それが普通なのだが、そのあたりを含めても、スクアーロはザンザスは育ちがいいのだな、と思う。
テーブルをひっくり返すのは大変だが、クロスを引っ張るだけでも事足りる。音が大きいし汚れるし、何よりされた相手に対して衝撃が大きい。喧嘩するにはいいシチュエーションだと思うが、ザンザスはそういうことを一度もしたことがない。あんなに嫌っている九代目との、胸糞が悪くなるような会食の場面でも、本当に怒ったときは席を立つことしかしない。しかしザンザスは食事の最中に席を立たない。席をたつのは最後に振る舞われたカフェの後だ。日本にいたときは結構食事の最中でも暴れたが、基本的にディナーの席では物静かな男なのだ。
楽しんでいるのは自分だけなのだろうか、そう思いながら、しかし目の前の食事は抜群の味だった。酒もいつもより少しいいものを出している。気持ちよく酔いが回る。マリネに入っていたドライトマトが猛烈にうまい。ザンザスはオリーブの実が好きなので、彼の皿だけ少し多めに盛られている。そんな配慮に少しだけ眉をひそめるのを眺めているという事実に、スクアーロは少しばかり自分が馬鹿じゃないかと思った。
そうやってザンザスばかり見ているから、食べ物をこぼすのだ。ザンザスはマナーについてあまり文句は言わないが、食事をこぼしたり落としたりすると微妙に怒った。自分だってしょっちゅう酒をスクアーロにぶん投げ、気に入らない外国の食事を頭にぶち撒け、顔に押し付けるくせに。
マーモンは体が小さいからか、それとも別の理由からか、大人の自分たちほどには食事をしない。少しだけ食べたあと、さらに欲しがるベルにニョッキを与え、かわりにドルチェをくれ、と条件を出してきた。ベルはご機嫌でオッケー、いいよ、と言っていたが、実際出てくればまるごとマーモンに渡すわけがなかった。それにしても二人とも普段より楽しそうだ。

そんな宴に頬を緩めながら、やっぱりどうしよう、とスクアーロは思っていた。
何を彼の主に捧げればいいのかわからない。すでに髪も声も腕も、爪も足も体も心も彼に捧げたあとであるし、さりとて主になにか物を送ろうと思っても、スクアーロの頭ではろくなものが思いつかない。主はこの国の上流階級が皆そうであるように、文化に対して、美術に対して、音楽に対して、食事に対して、衣服に対して、生きるために必要な教養と薀蓄に対して、自分なりの一家言を持っていた。主はそれを長じてのち、彼なりの努力と鍛練によって身に付けていたことをスクアーロは知っている。そんなものが必要な世界にスクアーロは生きていたことは一度もなかったが、彼の主がいる世界にそれは必要な教養だったことも知っている。知っているが、それは判っているということとは違うことも知っている。自分が彼のために何かを選ぶ? 贈る? 何を? 彼の命令で地を走り血を流し、悪鬼を屠り死体を積み上げる以外に、他に何が主に贈ることが出来るのか、スクアーロは本当にわからない。自分が好きなものを贈ればいいとルッスーリアは言うが、そんなものを主に贈るなんてことこそがそれこそ不遜の極みだ。そんなものを贈ることなど出来るわけがない。自分が好きなもの? そんなもの…彼に贈るもの…? そんなもの…彼に…?
自分の好きなものを贈る、それはそんなに簡単なことなんだろうか。
ルッスーリアやマーモンやベルフェゴール、レヴィにだって簡単にそれは出来るのに――主の好きなものを知らないわけではないが、それを自分が贈ってもいいものだろうか…? 怒られないか? 自分がそれを彼に、自分から贈る…? 
スクアーロが混乱するのは最もだった。
彼はザンザスにそれをすることは初めてだった。最初の年は誕生日の前に彼はいなくなった。八年間は贈る相手がいなかった。去年はそれどころじゃなかった(嬉しくて、浮かれていて、そして戻ってきた彼はひどく多忙だったので)。

誕生日の夜はふけてゆく、残る時間はあと少しだ。

 


2008.10.24
なんだか長くなってしまったので続きます…。
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