ありふれた愛に関する記録・1
オリジナルキャラが出てきますのでご注意ください。
大学を出たもの職はなく、ピエールは人のツテを頼って得たのはある場所での守衛の仕事だった。
三人交代で二十四時間の勤務、人の出入りをチェックするだけの、薄給で退屈な仕事だったが、あるだけマシだった。ピエールは作家になるという夢があったので、退屈な時間のほとんどを本を読むことが出来るこの職業にはかなり満足していた。
施設にはめったに人が来ることはなく、数人の職員が定期に出入りするほかは、同じような雰囲気の人間が数人と、黒づくめのスーツの人間が数人やってくる以外、ほとんど目立った動きのない職場だった。

何をしている施設なのは知る必要はないと最初に言われていたし、そもそも彼はそんなことに興味はなかった。
勤務は単調だった。タイムカードを押し、出入りの人間をチェックする。一定時間がくると次の勤務者がやってきて、彼が今日の入場者のチェックをしている間に、建物の中をパトロールする。端末を操作して使っていない部屋のドアの鍵がかかっているかどうかをチェックし、開いているドアの中には人数がきちんと揃っているかどうかをチェックする。建物の中のどこに誰がいるのかは端末にすべて表示されるので、それを確認しながら全部の部屋を見て回る。女性トイレまで見るのは正直恥ずかしかったが、女性職員が少ないこともあって、実際に鉢合わせをすることはほとんどなかったのが唯一の救いだった。何もなければそこで職務は終わり。挨拶をしてタイムカードを押し、バイクで部屋に戻る。だいたい16時間後にまたそこに戻る。その繰り返し。

最初から日勤をあてがわれていたが、この施設には外からの郵便物や届け物がほとんどなかった。
あったかもしれないが、それは守衛のいる入り口でチェックしているわけではないらしい。館内の人の動きはモニターでチェックできるようになっているが、実際の異変を監査する部署は別にあるようだった。ピエールが担当しているのは純粋に人の出入りだけで、それも本当に少なかった。
ほとんどの人はあまり顔色も変えず、ほとんどしゃべらず、たまにそっけない挨拶をするだけで、やってくるのも帰るのも早かった。






その少年がきたのは冬のはじめ、凍てつく雨の降る午後だった。

通勤途中ではまだ雨が降っていなかった空が、すっかり雨で崩れてしまっていたのかということに気がついたのは、少年の肩に銀の雨粒が光っていたからだった。その日は本当にだれも人が来なかった。入る人が少ないと出て行く人もすくなく、ドロドロとした勤務時間をピエールはいつものように本を読みながら過ごしていたところだった。

ふと玄関に色が見え、彼は目を凝らした。

なにか視界に不思議なものが見えた。

なんだろう? と思って目を凝らすと、モニターに訪問者の姿が写った。子供だった。
ピエールはここにきて初めて、入り口に子供が立っているのを見た。不思議だった。

やけに背の高い少年は、上背ばかりひょろ長く、肩が薄くて細かった。銀に近い薄い金の髪が小さい頭蓋骨に張り付いていた。長い手足を包んでいるシャツはどこかの制服のようで、しかし彼にあまり似合っているようには見えなかった。そんな小さい少年を、三人の成人した男性が取り囲んで、中へ連行するかのように連れていたのにも驚いた。少年は足取りがまだ不安定そうで、ときおりヘンな歩き方をしてよろけていた。三人の男たちは彼に手をかさなかったが、よろける肩を抱きとめ、少年を歩かせた。名簿に名前を書き、許可証とつき合わせてチェックし、許可を出して中に通すときも、少年はまるで死人のように青い顔をして、乾いた唇を噛み締めていた。
取り囲んでいた男たちの間で、銀の髪、白い肌、青い瞳の少年は、まるでこれから死ににいくかのような思いつめた顔をしていた。それはとても危なげで、細く、折れそうに頼りなかった。年のころはいくつぐらいだろうか、生気のない顔は妙に子供っぽくも見え、また逆にひどく大人びた、いやむしろ年老いて人生に疲れきったようなようにも見えた。

男たちに引きたてられるように建物の中に入ってゆく少年の後姿を、ピエールは何故か、いつまでも見送っていた。

2008.10.13
8年間に挑戦してみる・その1
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