愉快ではありません
隠し芸、というからには普段からは想像も出来ぬような一芸が披露されていた。
嵐の守護者はピアノを弾き、雲の守護者は日舞を舞い。たいしたものだ、と、素人芸とは呼べぬレベルのそれに感心もしていた。
悪くはないと思った。
新年の趣向として腹を探り合うようなパーティーよりも、一人一人が離れたまま芸を披露する会の方が楽でもあった。
無駄な会話に時間を費やす事も言葉の裏を嗅ぎ取ろうと神経を摩り減らす事もない。
悪くなかった、あのガキが出て来るまでは。

ヤツが演目を告げた瞬間、歓声にわく周囲とは裏腹に真横に立っていた魚類の空気がザラついたのが判った。
一気に低下した温度、殺気は含まぬ不快の気配。
何を、と真横を窺い見ればヤツの顔からは表情というものがごっそりと抜け落ちていた。
創り物のような美しさ、人を寄せ付けぬ峻拒めいた。
久し振りに見た顔だった。
かつては、本部に足を運ぶ度にそんな顔をしていたと思い出した。

一切を受け入れぬ姿勢、他者を全て拒み抜き凛と独り立つ姿勢、それは正にヤツが飽きず口にする剣のような。
触れる者は一様に斬り伏せる、そう全身で主張するようなヤツを置いて、ガキの芸は始まり。
ヤツが何も言わずとも、腹の奥に業火が燃えているのが見えた。
表情ひとつ変えずとも眉ひとつ動かさずとも、喝采を浴びているガキを視線だけで殺しているのも。

ゆっくりと首をめぐらせてガキへと視界を預ければ、銀の腹心の不快も当然だと鼻で笑った。
日本刀の上を滑るジャッポーネの玩具、独楽。
なるほどこの男には耐え難い怒りだろう、剣に対する侮辱なのだろう、見るに堪えぬ愚行だろう。
しかもガキが操っているのはガキの得物。模造刀でもサブでもねえ、本物のガキの刀。
隣で冷えてゆくばかりの温度を感じながら、喉の奥に何かがつかえたような違和感もまた感じていた。
その正体が知れたのはすぐ、ガキが演目を終えてから。

「スクアーロも出来んじゃねーか?」

褒めそやされる事の照れが言わせた謙遜か、ガキが満面の笑顔で言い放ち。
抑えていただろう殺気を遠慮なく解いた魚類が、己の名をつけた技で庭を壊滅させてから。

呆然とする連中を置いて銀の鮫を追い館内に戻り、ようやくと気付いた。
違和感は、不快感だったのだと。
たかが遊びだろう、と思う。それくらいで、とも。だが。
それを許すこいつはこいつではないとも思う、それを許せぬからこそのこの男なのだとも。
生涯を賭けた剣というもの、それをあんな事に使われては黙ってはいられないのだろう。
しかもそれを披露したのはこの男が目をかけているガキだ、剣の道へと望んでいるガキ。
そのガキの剣への思いの軽さを見せ付けられ、その遊びに自分まで誘われたとあっては。
箍が外れてしまうのは当然だ、あの場で死者が出なかっただけでも僥倖と言える。

真摯に向き合い進む物を、軽く扱われて憤らぬ者など居はしないのだから。

「…すまねぇ」
「あ?」
「パーティー、目茶苦茶にしちまったぁ…すまねぇXANXUS」
「ハッ、俺に言う事でもねえだろ」

自分が主催をした訳でも、ましてや楽しみにしていた催しでもない。
やっと口を開いたかと思えばくだらねえ謝罪か、と、座り込む頭を殴りつけようとして。
続いた小さな音量に、振り上げた拳がぴたりと止まった。

「アンタに恥かかせちまっただろぉ?俺はお前の剣なのによぉ…すまねえ、マジで」

珍しく本気で反省しているらしい魚類の謝罪に同意するようにテーブルの上の剣がきらめき、俺の機嫌は急降下する。
お前の言葉はいちいちが的を外れて、一度しか中心に矢が刺さったためしがない。たった一度のそれ、愛していると言ったそれすら本意はそこにはなかったのだろう、剣としての言葉だろう。
それでも胸に刺さった愛の、お前は責任を取らなくてはならないというのに。
口を開けば馬鹿が覚えたたった一つ、剣、剣、剣、だ。うんざりする。
お前がただの剣ならば言葉通りにただの剣なら。身を切り裂き殺すそれと、セックスをする馬鹿は居ない。
温度を持たず人を殺す剣であるなら。
それを抱いて眠る夜に、温かさなど有り得ない。
光を浴びて煌めく銀の糸は確かに剣に良く似ていて。
それでも指を通したならば、柔らかく温かな感触をもたらす。

剣ではなく、人なのだと。
とうに変わった俺の中での位置を告げるには、俺はお前を知り過ぎている知り過ぎた。
剣である事を誇りとする、そんなお前を知り過ぎたのだ。

扉の外からはノックの音がまだやまない。しつこいガキだ燃やしてやろうか、カッ消してえ。
すっかり拗ねて落ち込んだ魚類をどうしてくれる、どうしてくれよう。

かまわねえ、とは言える筈もない。俺はこの上なく不愉快だ。
新年早々からこの男の相変わらずな思いというものをまざまざと見せつけられた、まったくもって不愉快だ。
変わりはしないものか、また今年もこの男は剣だ剣だと言い続けるのか、不吉な幕開け、それが外れない予感もある。
多忙をきわめた年末とこの新年の騒ぎが過ぎればまた、剣帝への道とやらに旅立つのだろう。

不愉快だ。
愉快な要素は何処にもねえ。

急激に襲った徒労感に、横倒しになっていたソファを蹴り上げ座面にどかりと腰をおろす。突然に目の前から移動した俺に目を丸くした銀は、少しだけ躊躇を見せ、勢い良く後を追ってくる。
隣に、と願う俺を裏切り足元に座り込もうとした姿に溜め息を吐き隣を叩いて、ようやく傍らに座らせる事が叶った。

前途多難を悟らせる仕種、本当にテメェは俺を不愉快にさせるのが上手い。
いまだ気分を落としているのだろう肩を抱き寄せても劇的な変化はない、不愉快は消えはしない。
何もかもが面倒だ、と、瞼をおろしかけた時。窺うようにおずおずと小さな頭が肩に寄せられ、溜め息が漏れそうになる。
こんな事で消えかけた不愉快というものに、悪態をついてやりてえ。なんという根性のなさ、そんなにこの銀が愛しいのか。

小さな頭は中身のなさを思わせ、筋肉に覆われた意外と重い身体に反し、見た目通りにひどく軽い。
控え目な重力に胸をくすぐられたまま銀糸を撫でれば、更に擦り寄る軽い頭。
小さなそれを撫でてやりながら、声には出さずに語りかける。
テメェのこの軽い頭には、何がどう詰まってる?
なるほどテメェが言うように俺は確実に詰め込まれているだろう、かなりの割合を保っている筈だ。自惚れではなく事実として。

だが。
テメェの愛する剣とやらは、どんな割合で居座ってんだ?
より中心に近いのはどちらだ、俺と剣とどっちを据えてやがる。
こんな小さな頭ならば。
俺で隙間なく埋まってねえと、そいつはおかしな話だろうに。
ぎゅうぎゅうと押しつけるように頭を撫でれば、嫌そうに首を振るくせに掌からは逃げ出さない。
庭から逃げ出した時の勢いは何処へなりを潜めたのか、大人しく隣に座って。
それでも悔しそうに唇を結ぶ姿に、また浮かぶ不快な気持ち。
俺以外で埋めるなと言っているだろう。
剣はしょうがねえ、これはもう長期戦だ。だが。
小さな頭、容量の少ない頭。そこにあの扉からの騒音の主まで容れてやる事はねえ。
掌に込めた力を緩める。少しの妥協。憂いをはらうだのとは言う気はない、これは不快を和らげる手段。
苦々しく思いながらも、重い口をゆっくり開いて。

「後で殴りでもすりゃ良いだろ、どうせ深い考えでもねえよ」

お前を遊びに誘った事など。
剣を軽く扱った事など。
あのガキには深い考えも意味もあった訳じゃねえ、お前がそこに心を置いておく必要はねえんだ。
呆れたように吐き捨てるように言い放てば、肩にあった重みが消える。跳ね上げた先にある俺の顔を見つめた瞳は、嬉しそうに笑みを象った。

「お゙ぉ…そうだなぁ、そうだよなあ!!」
「うるせえ!!耳元でわめくんじゃねえドカス!!」
「ゔお゙ぉ、すまねぇ」

述べる謝罪は先程のものとは違い、喜色をふんだんに孕んでいる。
嬉しいのだろう、余程。
それは暴力を促したからではなく俺が怒りを示さないからではなく。
この男の逃亡の理由を俺が理解していると解った故なのだろう。確実に。

そんな事で機嫌を直すなら俺のもので居ろ、剣だと言うな恋人だと言え言ってみせやがれ。
甘えて指を食むその唇で、獰猛に笑んだその唇で。
俺を愛しているのだと、死ぬまでにあと一度でも良い。口にしてみろスクアーロ。

楽しげに指を甘く噛む唇から、つい、とそれを取り上げる。まだ直らない俺の機嫌をこいつに上向かせるのは無理な事だと諦めはしていて。
ならば受動でなく能動で。たとえばその唇を奪って、と僅かに首を傾かせ。タイミングを見たように肩に落ちた頭に遮られた口接けに、絶望的に壊滅しているらしい意思の疎通を嘆く。

「なあ、XANXUS」
「あ?」

魚類と意思を通わせる事は不可能なのか、俺が人である限りは無理な事か。
苛立ちを含み投げやりに返した言葉に、銀の鮫は甘えた声で小さく鳴いた。

「…蹴りもくらわしてかまわねえよなぁ?」

テメェはカスだドカスだ、真性のカス鮫だ。
甘えた声音を無駄に使って告げた文句がそれか、どれだけ殺伐とした囁きだ僅かな期待を返しやがれ。
ひくりと引き攣る頬も見えねえのか、スクアーロの瞳は光を湛えて輝いていて。
擦り寄る髪から放たれる香りの甘さに、いっそ誤魔化されてしまいそうになる。
こんな時に怒声を邪魔する愛情というものはマゾヒストで、どれほどに邪険に扱われ無視されようが、それは。

「…好きにしろ」
「お゙ぅ!!」

他の全てを捩伏せて、こうして返事を返したりするのだ。
弾かれたように勢い良く返事をした魚類は、むしろ犬のように俺の腕に抱き着いてきて。
感謝のつもりか何のつもりか寄せられる頬を、俺は張る事も出来やしねえ。
甘いものだと吐きかけた溜め息を遮った歓声、何事かと音を辿り、いつの間にか耳障りなノックが消えていた事に気付き。
隠し芸とやらが終わったかと淡く思えば、銀の鮫はいっそう嬉しそうに腕に擦り寄った。

「何だテメェ」
「ん゙ー?いや、俺やんなくて済んだぜぇ、と思ってよ」
「用意してたのか」
「してたぜ、してなきゃ来ねえだろおがぁ」
「何を」

剣しかねえ魚類が何を用意していたのか、ガキにあれだけ腹を立てたからには剣に纏わるモノじゃねえだろう。
多少の興味で尋ねた俺に、銀はまた唇を尖らせ。視線だけで叱りつければ、言い難そうに口を開いた。

「クロス抜き」
「…出来んのか」
「わかんねぇ」

でも出来るぜぇ、ヴァリアークオリティで何とかならぁ!!
自慢気に言われてもどうすれば良い。髪といいクロス抜きといい、そんな事に使うんじゃねえとでも怒鳴りつければ良いのか、それとも。
今度見せろと言ったあげくに、安くはない食器をことごとくダメにされてみれば良いのか。

やってみるかぁ?と試す気に溢れている男に、心底から呆れ果てて。
それでも。
滑らかな髪を指に絡める、唇に運ぶ、軽く食む。そんな事を癖のようにやってはみても、咎める気など湧いてはこなくて。
既に立ち上がる気でいる腕を取り、強く掌を握り込み。

「出来そうもねぇ事じゃなきゃ意味がねえんじゃねえのか」
「え?あ゙、お゙ぉ、まあそうだなぁ」
「じゃあクロス抜きはねえだろうが」

そんな簡単なもの、誰かがやっているもの、手垢に塗れたもの。そんなものには意味がない、お前が出来そうにない事じゃねえ。
それよりも。

「でもよぉ、他に出来そうな芸とかねえし」
「スクアーロ」
「なんだぁ?」

それよりも、もっと。
見た事もないお前をと言うなら。

「動かねえでじっとしてやがれ、テメェがやるなら立派な芸だぜ」

ちょこまかウゼェお前が出来るモンならな。

吐き捨てた口調を裏切り。繋いだ指は甲を撫で、唇は緩やかに上がる。
きょとりと開かれた瞳は意味を理解すれば潤み、目尻は朱を掃いたように染まった。

此処に居ろ、と。

そんな言葉を汲み取ったらしい態度に、今度こそ、と顔を傾け口接けを交わそうとして。

「仮死状態かぁ?俺…殺され屋とかいうヤツほど上手くねえと思うけどよぉ…アンタが言うなら頑張るぜぇ」

はにかんだ魚類の小さな頭を思いきり殴った瞬間。
テーブルの上の剣が、咎めるように光り輝いた。

眩しいんだよ、このカスが。
ああ、まったく気分が悪いったらねえ。








END.

はぁはぁ可愛い…どっちもwwww

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