愉快ではありません
前代未聞ではなかろうか、と、堅く閉じた扉を見つめて眉間の皺が深くなる。
戯れにあの魚類がマリアナ海溝と称したそれは今はどれほどの深さなのか、考えればまた皺は刻まれて。
それをのばして撫でる指のない事に、いっそ溝と呼ぶにふさわしい皺になっているのではないかと思い。

指を。
宛てて欲しい恋しいと、訴える眉間を己で虚しく撫でさする。

堅い扉は壊せば良い、いつものように蹴り上げてバッキリと割ってしまえば。
此処がアジトならばとっくに割っていると思えばまた、此処がどこかを思い出して。
不機嫌を増すだけの事実に、唸るように低い声音が喉の奥から流れ出た。

「スクアーロ、テメェたいがいにしろ」

何を考えて篭城なんざしてやがる、いや、何が原因かは解っている想像は違わないだろう、それがまた俺の機嫌を地の底に落とす。
ノックの音は自然とこもる力に合わせ、派手で遠慮もクソもねえ。
隣で慌てたように止めようとするガキを睨み、元はテメェのせいだろうがという怒声をぐっと飲み込み。

「出やがれカス!! テメェは服も股も開けるくせして扉は開けねえってのか、このクズが!!」

飲み込みきれずに迸ったそれの内容が魚類へのものに変わっていても知るものか、俺が言われる筋じゃねえ。
何やら喧しく家具が倒れる、いや、壊れる音が鳴り響いて。バリケードなんか作ってやがったか、やはりカスだ燃してやりゃあ良かった。
そう苦く思い舌打ちをした手前、扉が大きく開かれて。

「スクアーロっ!!」
「お゙ま…っ、なんつーことを、ゔぉ!?」

隙間から覗いた銀糸を掴み、室内に舞い戻らせたあげくに扉を閉めた。痛そうに顔を歪めても知るものか何だあのガキの嬉し気な声は、不愉快だ面白くねえ顔を見せるな傍に居ろ。
諸々の感情を投げつけるようにキツク睨めば、馬鹿な魚類は唇を尖らせ外方を向く。
良い度胸だ、泣かされてえのかテメェは。

頭頂を焦がす勢いでぶつけていた視線をふい、と室内に向ければそこには思った通りの光景。
投げ飛ばされたに違いない、かつては家具だった物の残骸と、そうして。
唯一無事なテーブルに置かれた、光を跳ね返す細身の剣。
持ち主に良く似たそれは散々と使い込まれていながら手入れは丁寧で、こうして距離を置き眺めていても認めざるを得ない美しさがある。
飾り物ではない実用物の無駄のない美。華美な装飾は削ぎ落とされた、飾る必要のない美しさ。
似ている、と思う事がもう末期だ。
知らず浮かんだ自嘲の笑みをどうとらえたのか、スクアーロは黙ったまま俯いて。
逃げはしないだろうと掴んでいた髪を放せば、するりと落ちた毛先を所在なさげに弄び始めた。
ガキか、テメェは。
呆れた溜め息に震えた肩。ガキだとしてもこのデカイ子供は、驚くほどに愛らしい。叱責を恐れぬくせに不機嫌な俺にはすこぶる弱いその矛盾、かわいらしさ。
上向き直した機嫌のままに頭を撫でてやれば、気まぐれなその仕種に合わせるようにかくんと首を傾けた。

「…俺は悪くねえぞぉ」

かわいらしい言い草もあったものだな、スクアーロ。
そんな台詞は。

「ハン、庭師が泣いてやがったぜ」
「ゔお゙ぉ……」

ボンゴレ本部の無惨な庭でも見直してから言いやがれ。
新年を迎えるにあたり懸命に整えたのであろう美しかった庭は、この魚類が背を向けた窓から覗いて見れば今もその無惨な姿を曝している。
庭師が泣いていたというのは嘘だ、だがあながち間違っちゃいねえ。
あまりの出来事にブッ倒れず意識があったならば、間違いなく泣いていただろう。
告げる言葉を探せぬ男を見下ろして。テーブルできらめく剣を見て、唇から溜め息が零れた。





新年の祝いに、とボンゴレの本部への招待が届いたのは去年の秋だ。常の依頼の急を要する度合いに比べればまた随分と早くに、と皮肉に思ったのもつかの間。
もはや強制に近い収集だろうにと紙面を眺め、最後の一文に眉を寄せた。

「…隠し芸?」

頭痛を覚えたのはあまりに強い憤りの為だったのか、己と掛け離れたドン・ボンゴレの暢気さにだったのか記憶にはない。ただ、その内容を幹部連中に伝える事を思えば頭痛は増した。
一瞬で灰にした招待状の中身を一言一句何もかも記憶している己の頭脳というものにも、頭痛はさらに勢力を増して。

「マジ?やべ、ちょー面白そ。なあなあボス、ボスはなにすんの? 王子ティアラじゃなくてパーティー帽被ろっかな、ししっ」

怠惰な王子がノリ気な返事を返してきた時には、頭も割れんばかりの痛みを抱えていた。
テメェらはヴァリアーを何だと思ってやがる、俺は審査員だ参加はしねえ、ピエロの衣装を頼んでんじゃねえベルフェゴール、ルッスーリアも振袖はやめろ意味を考えろ意味を。
いちいちを口にするには訳のわからぬ疲労が背中からべたりと貼りつき、それを振り落とす気力もなく。
口をついて出たのはたった一言。

「全員参加でかまわねえな」

いっそ、全員をつれて国外逃亡とでも言えば良かったか。
くだらなく精神に悪影響しか与えぬと解っている数時間を耐えれば良い、いや何故この俺が耐える必要がある、俺だけでも何処かに行くか。
僅かな時間で細部まで練り上げたプラン、既に脳内に出来上がったそれを壊したのは銀の鮫だった。
浮かれるヤツらと少し離れた場所で俺の傍らで、じいっと俺を一心に見つめ。
何だ、と視線で問えば驚くほどに柔らかな顔で笑った。

「いや…新年にお前が居るなんて久し振りだなぁと思ってよ」

微かに染まって見えた頬は照明の加減だったかも知れない、そんな事の真偽はどうでも良かった。問題は。
そう笑った魚類の抱いているらしいちっぽけな喜びというものを、俺が壊せなかったということだ。
ヤツの喜びを壊すならば、俺のプランを粉々にする方を選んでしまったこと。
情けなく思うほどに。
己の剣だと叫ぶ男を、人としてとらえ愛していること。


ガサツで五月蝿く下品で粗暴、そんなマイナスだらけの男だというのにたまらなく愛しく思う。
傲慢を名に冠するくせに俺を一途に想う姿を、いじらしいとさえ思ってしまう。

たとえそれが剣としてでも。
たとえそれが忠誠でも。

可愛く思う男が楽しみにしている予定を奪う事は出来ない、いくら俺が鬼畜にも劣る暴君だろうが結局はイタリアーノだ。
情人は、かわいい。
甘く出来るものならば甘くしてやりたいと思う。

意志と行動とが伴わない人間なのは自分で承知している、甘くしてやりたいと思いながら誰よりひどくヤツに暴力をふるっている。
だから。
自分が行動を起こさずとも銀の剣が喜びで輝くならば、こんな都合の良い誘いもないだろうと思ったのだ。
思っては、いたのだ。

扉の向こうでいまだノックを続けるガキが、余計な事を言わなければ。




2010.1.8
DANCEの悠蘭さんのところの新年DLF小説です。ここの鈍いにもほどがあるスクアーロと、そんなスクアーロにこっそりしっかりがっつりマジボレなボスがなんというか可愛いの可愛いの可愛いのったら…!!!
長いのでファイル分けてあります。


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