草壁さんの家庭訪問
日記に書いている小話ログ

死ぬほど行きたくない、というか死ぬんじゃないかと思う。というか死ぬ。間違いなく噛み殺されるんじゃないかと思う。たぶん。かなり。とても。たくさん。
そう思いながら草壁はその家の前に立った。

とにかく立派な、「お屋敷」だった。
立派な漆喰の塗られた白壁には瓦が乗っており、立派な構えの門が半分だけ開いている(どこのお寺の門かとおもったくらい、立派だ)。
脇の壁には開き戸があり、その近くにインターホン。半分開いている門の向こうには、広々とした日本庭園。綺麗に整えられた青々とした芝生と、銅葺きの屋根がきらきら光る立派な総二階の日本家屋、その隣に最近新築したらしいシンプルモダンな二階建て。車寄せにはさすがにベンツはないが、ワゴン車と普通車セダンが一台ずつ。セダンは最新の低公害車というのが、ある意味大変イメージ通り。物置を改築した離れがあって、そこにも引き戸、こちらは何かの会議室か何かのよう。もちろん奥には白い壁に屋根を葺いた土蔵も見える。
ああ…なんだかもう、いろいろ凄すぎて、指が震える、なんてもんじゃない。痛い。
そう思いながらインターホンを押した。すぐに軽やかな女の声が用件を聞いてくる。

「す、すみません、……あの、雲雀…きょ、雲雀恭弥、さま、の、件で……」

表札には黒々と雲雀の文字、それに続けてずらっと麗しい漢字の名前が続く。
さらにその下にも表札がもうひとつ。こちらはもう少しかわいい名前。
その下にさらにいくつかの名前、ブリキの板には書道、着付け、お花、お茶。
苗字が同じなのでもしかしたら雲雀さんの家族の誰かだろうか。

家族。

群れるのが嫌いだと豪語している雲雀さんの家族。
草壁はそれを考えてみてもさっぱ何も思いつかない。

通された室内は完全に和室。広さは8畳くらい。迎えに出たのは気持ち悪いくらい雲雀にそっくりな、少し年上の女性。雲雀の声を少し高くした声で、「少し待っててくださいね」と言って、玄関脇の部屋に通された。まずそれに驚いたが、続く衝撃はそんなものではなかった。
いかにも怪しげな風貌のゴツい中学生に、恭しく茶と菓子を出して、「恭弥もすぐ戻りますから」と、障子をぱたんと閉められる。

…まずい。非常にまずい。いやいやお茶は最高においしいのだが。
草壁は大変困った。正座した脚が痛い。いくらなんでも平成の中学生、正座に慣れているわけではない。すぐにしびれてくる、が、雲雀が帰ってくる気配はない。
というかそもそも今日家に来いと言ったのは雲雀のほうで、てっきり家にいると思ったのに……。

「あれ」
なんの気配もなしに障子がすっと開く。雲雀か、と思って顔を上げる。
「誰の客? 恭弥の?」
呼び捨て! 雲雀恭弥を呼び捨て! 死ぬぞこの子供と草壁は思った。
「恭弥の学校の人?」
そういうと部屋の中に入ってくる。手にランドセルを持っていることから、小学生だとわかった。並盛小学校の生徒らしい。
「恭弥は皐月ちゃんのお使いでちょっと出てるよ。待ってるの?」
「は、はい」
「そう。ふーん」
子供は気持ち悪いくらい雲雀恭弥にそっくりだ。あれをそのまま小さくしたようにしか見えない。口調も動きまでそっくりで、声だけがまだボーイソプラノ。そんな子供にじろじろ見られていると、廊下の奥からもっと小さい子供の声が聞こえてきた。
障子を開けて入ってきた子供もまたもや雲雀恭弥と同じ顔。こっちはもっと小さい。入ってきた子供に遊ぼうとせがんでいるが、子供は「群れるの嫌い」といいながら子供をころころ転がしている。手加減しているが、なにか武道でもやっているのか、結構強い。
「なにしているの! お客さんに失礼でしょう」
今度は年配の女性。着物を着ているので少し上に見えるが、近くに寄ってきた雰囲気から、もしかしてもっと若いのかと草壁は思った。こちらも雲雀と同じ顔。しかし女性なせいか、凄みのある美人で、きりっとあがった目元がぞっとするほど美しい。
「ごめんなさいね、うるさくして。もうちょっとですから」
そういいながら二人の子供を部屋から追い出す。子供はぶーぶー文句を言いながら、廊下の先を歩いていった。
ふう、とため息をつくと、ようやく表に車が入ってきた音がした。
何人かの声が聞こえる。男が二人? 女は一人以上、男の声の中に草壁が待っていた委員長の声が混じっている。
玄関でガタガタと声がして、軽くて重い足音がして障子がすぱんと開かれる。
ようやく雲雀恭弥が登場した、と草壁は畳から立ち上がろうとして。
障子を開けたその向こうから、やっぱり同じ顔の女の人と男の人が三人、こちらを見ているのがわかって、軽く草壁は目がまわった。

「ひ、ば、り、さま…」

かろうじてそれだけ口にすると、全員が「なに?」と返事した。




「ちびっこいのが姉の長女、小学生は僕の妹。こっちは兄でこれが姉、着物着てたのは僕の母。お茶とお花の師範なんだよ。姉はその教室で一緒に先生やってる、兄は高校三年で推薦決まってて春から大学生。兄もお茶の師範の資格もってるので今日は出稽古に行ってたの。僕は手伝いだよ、人手がないからって。僕だって忙しいのに。あと離れには姉夫婦が住んでる。姉は高校の国語の教師で旦那は体育。こっちは二人で居合やってて、並盛の体育館の教室で教えてるよ。祖父が師範だったからね」
というか兄弟姉妹多いですね雲雀さん…とは言えずに。
「姉にはあと子供二人いるよ。あと母屋にはうちの祖母もいるけど、今日は旅行でいないんだ」
なんという大家族。しかもたぶん、というか絶対みんな同じ顔?
「失礼だねキミ。外から婿に入った父や義兄や祖父まで同じ顔なわけないだろう」
ていうか家継ぐのはお姉さんなんですか。
「そーゆーことになってるんだ。それに僕は群れるのは嫌いなんだ。知ってるでしょ?」
こんなに人が多い家なら、そりゃー群れるのも嫌いになるでしょう。というかなんでみんな同じ顔なんですか。怖い家ですな…。
最後だけ心のなかで囁く。草壁は待たされた部屋とは違う和室で雲雀を前に打ち合わせ。手元に雲雀が作った書類が置かれている。不良のはずなのにものすごい几帳面なのが雲雀恭弥の理解不能なところだ。いやいや、不良だから几帳面なのか。そっちか。もしかして書道の段とかも持ってるんじゃないんでしょうね…。
「持ってるよ。それがなにか?」
奥深すぎてもう何もいえませんよ雲雀さん。

それにしても雲雀恭弥の顔は男だとそうでもないが、女だとものすごい美人顔なのだということに、改めて、というか初めて草壁は気がついた。いまさらだ、とは思ったが。
そういえばなんでそんなことに気がつかなかったんだろう、と草壁は思ったが、マジマジと顔を見ているとすぐに「噛み殺すよ」といわれたので、その原因はすぐに知れた。



2009.2..27
日記ログ。父親は自営業で会社経営で県会議員、祖父も県会議員で市長になったこともあるとかそういう、田舎の名士によくあるうちなのが雲雀さんちのイメージ。甥も姪も同じ顔(笑)。

2009.3.19 その他に移動しました。

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