犬のはなし
犬の話をしようか、と若きマフィアのボスは言う。
雨の守護者の名称がまだ慣れない少年がその言葉に嫌そうに顔をそむけるのを、甘い優しい声で引き止めるのは、彼が見た目通りにただ優しいだけの男ではないからでもある。
「犬の話? ハッ、そんなの」
「勘違いするなよジャッポーネ、こことあっちじゃ意味が違う」
「どう違うんだよ? 犬は犬だろ」
「それは蔑称? それとも尊称?」
「違いなんかあるのかな?」
「不思議だね、君たちは人でないものとも愛し合い子を作ることも出来るのに、犬は――蔑称で語ることのほうが多くないかい?」
「だけど犬は犬なのな」
「そう、神だったりその御使いではないけれど、家族であり兄弟であり、なにより大切な財産だ」
犬の生活のすべて、犬の命のすべて、犬の躾も命令も存在も愛情も健康も、それは主人のもの、そして主人は犬のもの。
命令をなされない犬は狩るべき獲物、主の命令こそが犬の命。
「玩具じゃないし愛して可愛がるものじゃない。――そう、アクセサリーじゃないんだよ、特に大型犬は」
「それってどういう意味なのな、ドン・キャバッローネ?」
「あいつが自分を犬だと言ってるのは、決して自分を卑下しているんじゃないってことだよ、バンビーノ」

それは犬の誇り、命令する主を選ぶのは一流の犬の矜持、本当の獲物を狩る生き物はそのために生まれ、そのために死ぬ。

「犬は犬であることがもっとも素晴らしく生きがいでもあるってことだ、本当の狩猟犬はたった一人の命令しか効かないものなんだよ。自分の主人の命令しか聞かない、主人の手からしか餌をとらない、主人のそばでしか眠らないんだ。尻尾を振るのも主人が認めた相手だけ」
「それが犬の喜びだっていうのか?」
「それが理解できないのかい? ただ愛されているだけじゃないんだ、犬は主人の命令がないこと――それこそが、最も犬を苦しめることになるんだぜ? 命令の下されない犬はただの愛玩犬だ。でも愛玩犬でも命令は必要なんだぜ、なぜならそれは――本能だから」
本当の犬が従うのはただひとり、たった一人の命令だけを聞く犬こそが最高の栄誉を得られる。
早く正確に走り縊り殺し、獲物を主のもとへ持ちかえるのが犬の誇りなのだ。
彼は犬の目を、犬の耳をもち、誰よりも早く走り、誰よりと遠くへ飛ぶ。剣をひらめかせ、白銀をなびかせて残像だけを残して得物を屠る、傲慢で美しい犬。主を選んでそれに従った、鋭い牙を持つしなやかないきもの。
「だからそれを否定するのはおまえたちの驕りだ」
極東の国ならいざしらず、長靴の国ではそれは最高のステイタスなんだぜ?



2008.10.あたり
拍手ログ。ちょっといくつか直しました。
地元新聞にイタリアに留学してた人の話があって、そこで犬の話を書いていたので。
大型犬はアッパークラスの証明になるんだそうです。金かかるもんねー。
この間の話を書くべきかどうか…。

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