うつくしい30代
ラル・ミルチに青筋を立てさせるなんて、さすがにヴァリアーってすげぇんだな、と俺は思った。
ラル・ミルチはいつもクールで、どこか焦ってて、
時々遠い目をしてて俺たちのこと、ほとんど視界に入ってないような顔してたのに。
さっきまですごい陰鬱な顔してたのに。
スクアーロの声だけで、いきなり雰囲気が柔らかくなったんだ。
怒りだったけど。青筋がビシバシたってたけど。


「ボリュームを下げろ!」


そこでいきなりボリュームが下がったんだけど、一番小さい音声にしても、まだ耳にキンキン残響音が残る。
ツナは怯えていたけれど、俺はなんだかうれしくなってしまった。

「まだ首の皮、つながってるかぁ??」

相変わらず声がでかい。口調も悪い。そしてまっすぐにこっちを見る。犬歯が光る。
口を歪めるようにして笑うのも、あんまり変わっていない。


「うわああああ」

「いい゛かぁ、よく聞けぇ!」




「本当にメッセージって、あれだけ?」
「そのようですね」
パチパチキーボードをたたいている音を聞きながら、ツナがはぁあぁああ〜っと、ため息をつく。
「相変わらず乱暴なんだからぁ」
まぁそれは否定しない。なんで最後が取っ組み合いになるんだ。
俺はなんだかうれしくて、さっきまでも陰鬱な気分はどこかに吹っ飛んでしまった。
獄寺は少し納得がいかない顔をして、眉をひそめている。
そこでドアが開いて――線の細い少女を抱きかかえた、たくましい男の人が黒いスーツに身を包んで入ってきた。
その人は俺たちがよく知っている男によく似ていたけれど――――俺が知ってる男ではなかった。


修行が終わるともうクタクタだ。一応全員部屋を与えてもらってるけど、日の入らない地下室でずっと暮らしていると、
人と会って話をしたくてたまらない。寝る前に誰かと話をしたいのだ。
興奮を鎮めるためにも、それはいい方法だと俺は思っている。
「おっ、もう終わったのか、獄寺」
俺がシャワーを浴びてタオルで体を拭いていると、ぐったりした獄寺が入ってきた。
自慢の髪が焦げててくしゃくしゃになってるのが、珍しい。
「山本ぉ、お前、はやいなぁ」
「そうかぁ? 同じくらいじゃね?」
「かなぁ」
獄寺はふらふらしながら服を脱いでシャワーブースに入る。湯が出る音がしてから、俺は声をかけた。
「それにしてもさぁ、ちょっと驚いたのな」
「んー?」
「さっきの。まっさかヴァリアーが俺たちになんか連絡してくれるとは思わなかったんだけど」
「確かにな。俺たちの中じゃついこの前なんだろうけど、十年たってんだもんなぁ」
「だよなぁ」
「あいつらには昔のことなんだろうなぁ」
「だろうな。けっ、あの王子も元気そうだぜ」
「あのなー」
俺の声に獄寺が、髪にシャンプーの泡を立てながら振り返る。
「十年たってんだよな?」
「みてぇだけど…やっぱ、山本も気になっか?」
「なった。というか驚いたのな。ツナはそれどころじゃなかったみたいなんだけど」
「だろうぜ。俺だって後で気がついたもんな、ありゃあ」
「…切り裂き王子っていくつだったんだっけ? あの争奪戦のとき」
「まだ未成年だって聞いたけど」
「じゃ十年ってことは、…かろうじて二十代ってことか」
「だな」
「…………」
「…………」
つい俺たちは黙り込んでしまう。お互いに何が気になったのか、わかった。

顔を見ていた時間は、ほんのわずかの時間だったが、なんというか、すごかった。
すごかったのだ、スクアーロが。
いろいろな意味で。

「あの、雨の守護者の…スクアーロ、だっけ…? あんときも髪、長かったよなぁ」
「だな」
「声でかかったし」
「前よりでかくね?」
「だよなぁ? あんなにズタボロ状態でもあんなにはっきり喋ってたもんなぁ…」

俺は大空戦で見たスクアーロを思い出す。
黒い服に銀色の髪、白い肌に白い包帯がぐるぐる巻かれていて。
手術したばかりだってのに、あんな格好させて大丈夫なのかって思ったけど、
青い顔に目だけがギラギラ光ってて。
生きてる人間だったのに、俺は素直に驚いただけだったけれど。
最後にマイクが切り替えられたときに、初めてあんな声を聞いた。
大声で叫んでいるだけの、かすれた声じゃなかった。ずっと低くて静かな、落ち着いた大人の声。

「あんときより、声でかいよなぁ…」
「だな」
「服黒いし」
「あんときも制服真っ黒だったもんなぁ」
「デザイン変わってねぇ?」
「つか、足と手が長げぇよなぁ…」
「そんなとこ見てたの、獄寺」
「見るだろ? なんだよあの、邪魔そうななっがい足」
「だな。邪魔なんで小さく折りたたんでるってカンジ」
「でもさぁ…」
「ああ…」
獄寺はその画面を思い出して、またうんうんうなり始めた。
俺も思い出して、しらずに眉間に皺が寄ってくる。
「あんときスクアーロってもう20超えてたんだろ?」
「22歳ってディーノさんに聞いたけど」
「あ、同級生だったって言ってたっけ」
「そう」
「22歳……ってことは、今32…?」
「さんじゅうだい…」
俺たちはそれを実際口にしてみた。

さんじゅうにさい。

「なぁ…ってことはさ、ザンザスもそれくらいってことかぁ?」
「だな。三つ? 二つ? 上だった聞いたけど」
「じゃ、あいつ34歳とかなわけ…?」
「だと思うけど」
「……スクアーロ、なんであんなに元気なの?」
「まだ30代だろ、ふける年じゃないと思うのな」
「そうだけどさ」
獄寺はシャンプーを洗い流してトリートメントにうつる。
「なんかあれ、ありえなくねぇか?」
「確かにな」
俺も獄寺の意見には賛成だ。
「なんであいつ、あんなに肌白いわけ?」
「アップになってもすげぇきれいだったんですけど」
「髪だって! なんだよあのサラサラしてんの! 白髪とかないわけ!?」
「あっても見えないんじゃね? 元が銀色っぽいし」
「にしたってさぁ! なんだよあれ?」
「あー……なんかすごかったよね、スクアーロ」
「ファーだよファー! なんであんなのついた服着てるの!?」
「ああ、あれはなぁ…王子も着てたけど、違うよなぁ…」
「違うよなぁ……」

どうみても。
あれはどう見ても。
俺たちの乏しいイメージでは、もうそれしか思いつかない。

「なんかさー…、あれみたくね?」
「あれ?」

「あの服とかさ。ちょっとこう、マフィアのさ」
「用心棒みたいっていうか、アレな、愛人みたいなのな」

「ちょ、山本…!言いにくいことをばっさり言いやがってぇ!」
「え、獄寺もそう思わなかった?」
「……思ったよ」

獄寺はそれを口にして、いつものしかめっつらになる。耳の後ろが真っ赤だったが。
俺ももしかしたらそんな顔になってんのかな。表情が表に出ないってよくいわれるんだけど。

「……だよなぁ…」
「………なのな……」

そうなのだ。
暗号解析が終わった画面で、大声で(たぶんスクアーロは普通に喋っていたんだろう)
俺たちに威嚇の一声をかけたスクアーロは。

なんというか、妙に色気がある大人になっていた。
相変わらず長い髪は、前髪まで伸ばして耳に流しているので、額が隠れている。
右目も半分は隠れているのが、長い髪の隙間から見えるのが、
なんだかおそろしく色っぽくて迫力がある。
長い髪は肩を超えて、あのころと同じくらいの長さのように見えた。
でも体つきは、格段に細くなっていて。長い手足がさらに長く見えた。
黒いコートは少しデザインが変わっていて、それがぴったりと身を包む。
手袋は白。片方が義手だってのは知ってたから、いつも手袋しているんだろうな、とは思ったけれど。

長い足を面倒そうに折りたたんで、えらそうな格好してふんぞりかえる姿が、妙に慣れた雰囲気で。
ラルは音量に怒っていたが態度には何も言わなかった。
ということは、彼らは今、この時代の俺たちに、ああいう態度で接しているってことだ。
それが許されている、ということは、彼らの地位も活躍も、それなりのことなんだろうということが予想できた。
争奪戦の後、追放とか処刑とか、そういうことをされたわけじゃなかったんだな。

それにしたってなんなんだあのファーつきのコートは!
あんなもんいつも着てるのか?
それにあんな迫力のある顔が乗っかってるのって…マフィオーソってよりは、あれ、愛人じゃないのか?

「まぁ、そんなに意味、違ってないんじゃね?」
「はぁ?」
体まで洗い終わった獄寺がブースから出てくる。体を拭きながら、俺の話の意味を問う。
「なにそれ? なんかあんの?」
「……もしかして、獄寺気がつかなかった?」
「? 何が?」
「あの大空戦の最後の時だよ」
「うん…?」
「聞いてない?スクアーロが言ってたこと」
「なに?」
…もしかして知らなかったのか、獄寺。まぁこいつ、ツナ命だかんな。
あの時も真っ先に駆けてって、ツナの怪我を確かめてた。
聞いてたの、俺だけか。ディーノさんとスクアーロが言ってたことを。


「俺はあいつを救えなかった」


呪詛のように、願いのように、祈りのように吐き出された言葉。
ディーノさんがどんな顔で彼を見ていたんだろう。
俺からは見えなかったけれど、俺を心配して助けようと準備してくれた彼が、スクアーロを助けて、手術をして、そしてここまでつれてきたのは――ファミリーのためだけだってことじゃ、なかったんじゃないのかな。

あんな姿で、身動きが出来ない怪我をしてて。
たぶんそのころには、傷が開いてて、痛み止めも切れかけていたんだろう。
スクアーロの顔色が、どんどん白くなってくるのが俺にもわかったんだから。

「うーん、…詳細は省くけどさ、スクアーロってたぶん本当に、ザンザスの愛人なんだと思うよ」
「愛人!? 男だぞ!?」
「護衛で愛人で片腕なんて、完璧じゃん。四六時中一緒にいられるだろ」
「…それはそうかもなぁ…」
そっちは納得するのかよ、獄寺!
「なんつーか、フツーの関係じゃない気がしね? あの二人。上司と部下じゃないよ、あれはさぁ…」
「ああ…それなんつーか、わかる。もっとなんか、強い気がする」
獄寺は髪を乾かしながら、妙に硬い声で言った。
「あれはすごいと思った。俺も十代目のために戦いたいからな。…わかる気がする」
「そうなのか?」
「正直、…あそこまで出来るとは思えねぇけどな、まだ」

「だよなぁ…」
それにしてもすごかった。
あの時も、間近で見たあの瞳に、俺はたまらない気持ちになったんだけれど。
まっすぐに俺を見る色見の薄い瞳。乱れるのに妙に軽やかな髪、鋭くて先が見えない切っ先。
ふっと気を緩めると、すぐに俺の中に入ってくる、その大胆な足取り。
鋭くて早い剣の鼓動が、紙一重で肌を触れるのが、びりびりして体が痺れた。
向けてきたのはもちろん殺気だったのだけれど、それを俺はどこか、うきうきしながら浴びていた。

「しかしあれで32歳かよ…」
「ああ」
「…そういや、ツナの母ちゃんっていくつだっけ?」
「ん? あれ、そういやそれくらいじゃね?」
「今ザンザスが34歳だってったよなぁ…俺たちが知ってるツナの母ちゃんと同じくらいじゃねーのか?」
「げっ!」
ちょっと軽く俺は引いた。
「マジかよ…」
「うわぁ……そう考えると、結構すごいのな」
「笑ってる場合じゃねぇよ! 王子だって30歳近いはずなのに、あんなに若々しくって…!」
「30歳ってそんなオヤジじゃないじゃん」
「そうだけどよ! あのスクアーロ見たろ? あいつ何、化け物? なんであんなにきれいなの!?」
「あ゛ー………」
獄寺、おまえもそう思うのか。ってことは俺がそう思うのは気のせいじゃないんだな。
「あれがヴァリアークオリティってヤツかぁ…」
それは違うだろ。

愛人で護衛で部下で、スタイルはいいし顔もよくて、腕もよくてめちゃめちゃ強い。(声はでかいけど)
ザンザスは果報者だなぁ……。




そういう問題じゃないと思うんだが。
2008.9.26
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