五つの色と七つの味
長い手足を抱き寄せて味わうのは今日の特典。
恋人たちの日に、ともに膳を囲む、ということの意味を、互いに知るようになってから、ようやく片手の数が過ぎる。


今年はボスが食事を作った。
三食は流石に無理だと知っていたから、朝はいつもよりも軽くすませ、そのまま仕込みに入って数時間、時々味を見ながら、昼少し前にコースをサーブされる栄誉に預かるのは二代目剣帝を名乗る麗わしの恋人。
普段より緊張した面持ちで食事を取るその顔を、眺めるのもプリーモのうち。
ワインに頬がほんのり色づいて、冬は一層日に当たらないため、不健康そうに見える肌がようやく、生きた人間の顔になり、花咲く恋人の顔になって、嬉しい楽しい美味しい素晴らしいと、ありったけの賛辞を贈るのを聞くのもそれは、セコーンドのメニューだろうか。

塩気の聞いた生ハム、骨までとろける牛の煮込み、手打ちの生パスタに寝かせたソース、仕上げに出されたカヌレは濃厚なチョコの香り。
時間をかけてゆっくり、たっぷり饗されるコースを二人だけで食べる、時々給仕にボスが立つのを、見送る視線も当初の申し訳なさそうなものから、ゆったり落ち着いて背中を眺めるものに変われば、こちらもゆっくり、仕込みが聞いてよく熟成された今日のドルチェ、濃厚でふんわりした味を作るために必要なのは時間、成型してから13時間、冷蔵庫でじっくり寝かせて焼かなければ、その味は出ないのと同じ。

そうして今度は、こちらのコースの話。
よく熟された甘い果実の、皮をキレイに剥いてから、生をシャワーでキレイに洗う。
それこそ隅々まで汚れを見落とさず、指で擦うのは当然、食べるところはとくに念入りに、綺麗に洗っておくのが肝要。
水気を切って綺麗に拭いたら調理台に載せ、いざ食事をはじめよう。
今日はほんのり赤く染まって色も綺麗、肌もつやつや、髪はさらさら、足にも手にも怪我はないし、仕事も終わってご機嫌、体調も悪くないから最初からノリノリで、味をしみこませるために仕込んでおいてよかった、などとこれからそれを、味わう男は噛み締めるたびに舌なめずり。
そっと歯を立てれば蜜が溢れ、甘く、とろけるような香りが立ち上り、ただもうひたすら、あとは食べるだけ。
ナイフを入れて切り裂けば、それはもう極上の歯ごたえ、舌にからまり歯列を跳ね返す弾力性にぞわぞわ、絡みつく官能的な音色に体を捏ねられればゾクゾク、息が上がるほどの歓喜に踊る、ともに踊る、ただ噛み締める、味わう、臓腑を落ちる液体に喉を鳴らす、それが血肉になるよろこびにただ、震えるばかり。

手を伸ばされて手を伸ばす、足を開いて足を絡める。
味わう、食べる、すする、飲む、噛み締める、噛み砕く、舐める、くじる、たどる、探す。
最高の食事に感謝する。
おいしいものを食べられて幸福だと思うのはいちばん、原始の快楽、最初の感動になる。
ああ、幸福だと実感できる。
食べ物と繋がることは世界と繋がること、今日生きていることを寿ぐということ。
食べさせるということは愛しているということ、一緒に命をつなごうとするということ。

「すげぇうまいぜぇ」
「そりゃなによりだ」

食べて食べられる、二人の間で循環する、互いが互いの食べ物だということを言葉にして、ありがとう、と囁く。

「アンタの手料理が食えるなんて世界で俺くらいだろぉなぁ」
「おまえ以外に作ってやったことなどねぇよ」
「そりゃすげぇ! 光栄だなぁ」
「だからおまえは俺の餌だ」
「おまえ以外じゃ俺なんか食えないぜぇ? 肉は固いし味はエグい」
「煮込めば旨いぞ」

恋人たちを祝福する、祝いの夜にキスをする。
一緒にご飯を、この先もずっと一緒に食べようという約束を、そっと唇の上で交わす。
契約書にサインをする。
明日の朝には消えるかもしれなくても、口に残った食事の記憶はきっと最後まで持っていく。
だからきっと、来年も。

「来年もメシ作ってくれぇ」
「だったらドルチェくらい作れ」
「おー、それ練習すっかぁ」
「そうしろ」
「りょーかい」

甘い夜を。




バレンタインは恋人の日ということでご飯の話を。主人の振舞う食事が一番のご馳走だという話をどこかで読んだので。
五色七味って中華料理か韓国料理の思想だったと思う。五つの色と七つの味が全て揃っているのがすばらしい料理、ってチャングムが言ってたw
日記掲載は2010年2月17日。遅れました…。

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