この美しき日々
 
疲れているときのスクアーロの乱れようったらなかった。疲れているときというのは十中八苦仕事の後で、仕事の後ということは殺しの後なのだった。長くかかった後のほうが一層乱れた。そういう仕事は大抵相手が大物で強欲で意地汚く、用心深くて小心者だった。時間がかかる割に始末が面倒なものが多かった。そういう仕事を問題なくこなせる人間はなかなかいない。
スクアーロは仕事の内容に文句を言ったことはない。不満は時々口にするが、それはボスに対する注文ではない。聞き入られることを望まないつぶやきは意見ではないのだ。
殺しの余韻を残したまま、まだかすかな興奮の中にあるスクアーロが一等美しいとザンザスは思うようになった。次はそんなスクアーロを自分の下に引き込んで乱れ狂わせる姿だろう。本人は一番嫌がるのだが、両足を大きく割り開かせ、腰を少し持ち上げて気味にして、下からすきあげるようにしてえぐると、本当にとんでもなく乱れた。もがくように体を抱き寄せようとする右手を自分の左手で捕まえ、細くて長い指を一本一本丁寧に、自分の手で折り込んで動かせないようにする。まるで恋人同士のように指を絡ませ、右手をシーツに押し付ける。それから右手で膝の裏を救い上げると腰が浮く。時には左手も使って腰を浮かせ、その上で手をつなぐこともあった。
両足をめいっぱい開かせて奥を突くと、細い腰がザンザスの体から逃げられないように絡んでくるのだ。
最初はきちんと閉じている足首が、突き上げを早くするとゆるんでくるのがまたたまらなかった。
義手を外してベッドの下に放り投げると、すがることが出来なくなった左手で、それでも懸命に身を寄せてくるのもたまらなかった。
長い手足を窮屈そうに折りたたんでいると、ぴんと背中を伸ばして頭が逃げる。
喉が圧迫されるのが苦しいのか、しきりにのけぞって震えるのがとてもいい。
そうすると合わさった部分がきつく窄まり、中がうねるようにざわめくのだ。
普段は割れた大きな声で、発音の悪い返事しかしない薄い唇からは、ひっきりなしにカン高い悲鳴が漏れてくる。いい声だった。
ザンザスはこの声がとても気に入っている。さらされた喉に何度も吸い付いた。一週間前の噛み跡がまだ残っていた。
何度も何度も噛み付かれた首筋は、色素が沈んで皮膚はただれて、わざわざ新しく噛み跡を残さなくても、すでに元からある何かの痣のようだった。それともそれは所有を示す焼印か、昼間読んでいた古い本についていた年代ものの蔵書印か。首輪の家紋が一番近いような気がして、ザンザスはうっそりと笑った。
「相変わらずうるせぇ声で鳴きやがるな」
「あ、あ、あ…っ、まえ、だ、ろっ……! っあぁ! ああ!」
「何があたりまえだって? 贅沢なこと言いやがって」
「っあ、やぁ、あ、だぁ、…っ、ちが、っあっん…ん、っ」
前を弄ったのはずいぶん前だった。
窮屈な体をさらにきつく折って、苦しそうに息を吸う唇のなけなしの呼吸を奪い取る。ひくつきながら唇は開かれる。
ためらうことなく押し入ってくるザンザスの舌を、苦しみながら受け入れるのも慣れたものだ。
先を捕まえてきつく絡ませれば、繋がっている部分も力を増した。指先のない手が髪をまさぐってきた。

今日の乱れようも文句なしによかった。包まれている肉の筒はあたたかく、ザンザスの形に合わせて締めつけてきたり、ゆるんで奥へ引きずり込んだりしてきた。奥まで突きこんで揺さぶると、二人の腹の間の狭い空間にはさまれたスクアーロの屹立が、ぐしゅぐしゅと濡れた音を立てた。
唇を離して、ようやくスクアーロが息を吸った瞬間、一層奥深くまで腰を突き入れた。

「あ゛―――」

断末魔の叫びをあげて、悶えるスクアーロの中を満たす。
たまらなかった。引き寄せられた左腕が痛いほど頭を抱いていた。
残滓まで残さず吐き出してから、身を離し、息の荒い体の上に覆いかぶさった。汗をかいている肌の上は妙に体が滑る。一本ずつ指を引き剥がすと、ぼんやりとした瞳のスクアーロがゆっくりとそちらを見た。ザンザスの手の甲にはかすかに爪の跡がついていることに気がつく。
「…あ、……跡、……」
「馬鹿力が」
「ごめん」
「爪くらい切っとけ」
昔はここで一発殴っていたが、最近はあまりそういうこともしなくなった。今日は気分がよかったから、ということもある。スクアーロの体は中も外も良く出来ている。全くよく出来ている――いや、よくなるようによく仕込んだ、とザンザスは自画自賛する。

スクアーロは自分が人より少し見目良く生まれたことに多少は自覚的だった。
大人をだますのもたかるのも気に入られるのも抱かれるのも、見目がいいほうが楽だったからだ。
だが彼の認識はそこまでだったので、それを「どう」使うのかということには、とにかくもほとんど無自覚だった。
三十歳になろうとする今でさえ、容色にはいささかの衰えもなかった。いや、二十代のころよりも美しさは増していた。花が満開になるように、すべてにおいてスクアーロは美しかった。美しくなった。そうしているのは、そうさせているのは彼の矜持と生活だったが、それに自分もいくばくかの寄与をしているとザンザスは思っている。顔を見れば抱いているのだ、それが磨いているのでなくて何だというのだろう?

「ずいぶん時間かかったじゃねぇか。期日は三日前だったはずだが」
「ん? …ああ、仕事の話かぁ。段取りが狂って三日ばかし無駄にしたのが痛かったなぁ。おかげでこっちも完全に無傷ってわけにはいかなかったしなぁ…、……あんまよく出来た気がしねぇ」
「三日分の課徴金は取られなかったが、手取りは減るぞ」
「別にかまわねぇよ。少しでいいから、怪我したヤツにその分回してくれ」
「…言われなくてもそうする」
「もっとうまくやれたはずだった。俺のミスだ。――悪い」
「気がゆるんでやがるんじゃねぇだろうな」
「そうじゃねぇ…と言いたいところだが、……結果があれじゃあなぁ。しょうがねぇ」
「後はこっちの仕事だ」
「…手間かけちまったか?」
「おまえごときにかけられる手間なんかねぇよ」
汗がようやくひいてきた。起き上がってシャワーを浴びるべきかと考えたが、面倒だったので朝にすることに決めた。昔はそんなことは我慢できなかったが、それも年を取ったということなのかもしれない。自由になったスクアーロの右手が、なだめるようにザンザスの黒い髪をすいていた。薄くて細く、無駄のないスクアーロの体を撫で回す。

ザンザスは特にスクアーロの背中が気に入っている。
頭が小さいので気がつかれないが、スクアーロはそれほど肩幅ががっしりしている方ではない。
その細い肩から肩甲骨、背骨のくぼみ、わき腹、そして腰から足の付け根までのラインがたまらなく美しいとザンザスは思う。
一度切ってまた伸ばした長い髪に、それは大半は隠されているので、余人が見ることはほとんどないのがまた、いい。
スクアーロのもっとも美しい姿を独り占めしているという事実はザンザスの気分をよくしてくれる。
美しいということは何ににも変えがたい力である。それを所有する者こそが、いつだって最も力を持っているということなのだ。
美しいということの力を、最近ザンザスは考えるようになった。三十を越えたからだろうか。
まさぐっていた体はまだ熱かったが、髪を撫でていた手の動きは、だんだん緩慢になってきた。疲れたのか、まぁそうだろうな。まだこちらは余裕があるのだが、焦ることはなかった。明日は休みなのだった。休みにしたのだ。スクアーロの仕事が終わってよかったとザンザスは思った。休日は結局半日寝て過ごすのだし、一人で寝るより二人で寝るほうが寒くはない。
本格的な冬まではまだ先だったが、古くて広いこの城は、秋の寒さが余所よりも早くベッドにしみこんでくるのだ。

八年の間、氷の中にいたことを、ザンザスは自覚していたわけではなかった。
目の前に氷が押し寄せてきて、視界が白く閉ざされた。そして次には目が覚めていた。
その間に八年もたっていたなんて、そう簡単に信じられるものではなかった。しなかった。だから別に何でもないのだ、と思ったが――、氷の中で少しずつ成長していた体の感覚の違いはおそろしい以外のなにものでもなかった。八年の時を越えて一気にやってきた体の成長は、しばらくの間ザンザスを苛み続けた。その間のことは正直、思い出したくもない。だがそれから毎年、秋が深まるとそれが意識のすみにするりと滑り込んでくる事がある。ひやりとうなじを冷たい手で撫でられる夜は、不愉快以外のなにものでもなかった。
スクアーロの体は細くて薄くて固く、女のやわらかく厚みのあるそれとはくらべものにならなかったが、低い体温はザンザスの熱を受け止めているときだけはひどくあたたかかった。髪をまさぐられる指の爪が伸びていないのも、余分な匂いがない肌も、ザンザスは気に入っていた。
そういえば昔から、この男の腕の中で眠ったときの目覚めはひどく気持ちがよかった。
首筋に顔をあてて、細い体を抱え込む。
手の中にちょうどよくおさまるのは、まったくどういうふうに出来ているんだろうな、と眠りに落ちながら考えた。



翌日は昼までベッドの中で戯れていた。朝食兼昼食はワゴンでたっぷりと用意されて部屋まで運ばれた。珍しくスクアーロは完全に気絶したままで目を覚まさなかったので、ザンザスがそれを取りにいった。ドアの外でメイドは主人の姿を見てぎょっとしたが、怒っているわけではないことを認めると、あわただしくワゴンを主人の手に押しやった。「Si」の返答に驚いた顔は、ザンザスの気分を少しだけはらした。
寝台にワゴンを寄せてオレンジジュースを飲もうとしたら、スクアーロがガラガラの声で死にそうになりながら制止した。
「待てぇ、それを毒見させろぉ…。先に飲ませ…ろ」
「喉やられてるなぁ。声出しすぎなんだよ、このカスが」
「アンタのせいだろうがぁ…」
「安心しろ、毒見なんぞいるか。ここは俺んちだ」
「あ゛―――、まぁそうだけどよぉ……」
「自分ちで毒殺されるほど間抜けじゃねえ」
「そうだろうがよぉ…」
ふらふらしながら起き上がるスクアーロの口にオレンジジュースを押し込んだ。勿論口移しでだ。二口ほど飲ませたらコップを奪われた。ブラッドオレンジの赤い汁が、慌てて飲み込んだときに零れ落ちて喉を濡らす。乱れてくしゃくしゃになった髪の間から、目と口と耳だけが見えている。けだるそうに身繕いをするスクアーロに漂う情事の痕跡は悪いものではない。
髪をかきわけ、ローブを億劫そうに羽織る姿を見ながら、食事の準備をした。バケットの隣にテーブルクロスがたたんでおいてあり、それをベッドの上に広げる。ずるずるとベッドの上を這い寄ってくるスクアーロにペリエの瓶を渡し、サラダとハムにレモンをしぼる。モッツァレラの入ったサンドイッチとバジルとトマトとチェダ―のディップを並べ、トマトスープをスクアーロに渡す。スープは深いカップに入っていて、それを両手でかかえて持っているスクアーロは、驚くほど静かだった。
流石に夕食からだいぶ時間がたっていることであるし、その間になされた運動量は半端ではない。二十代の頃よりも代謝は落ちているのではないかと思ったが、この空腹感はまるで十代の頃のようだ。
ザンザスは八年の空白期間があったせいで、氷が溶けてから急激な成長期が来た。そのせいか、結局二十代後半になるまで背が伸びていた。太ったわけではないのにスーツを新調しなくてはならなかったことは一度や二度ではなく、不経済だと思ったが、稼いだ金は外に使うこともなかったので、一向にかまわなかった。
食事中には二人とも話をしない。黙ってパンをちぎり、サラダをつつき、スープを飲む。
少し塩気の強いトマトスープは、疲れた体によく染みた。食事が終わると片付けをするところまで全部ザンザスがやった。存外と手先が器用な彼の、流れるような手つきは音楽を奏でているかのように優雅だった。最後にテーブルクロスを折りたたみ、ワゴンの端にのせる。
ワゴンをドアの外に出してから、流石にローブのままでいるわけにはいかず、パンツとシャツを身に着ければ少し寒かった。くしゃみをすればすぐにスクアーロがもう一枚着ろ、と口をすっぱくして言う。
「もう一枚着てろや、風邪ひくぞぉお」
「うるせぇ」
「いーや、着とけ。ボスさんが案外すぐに風邪ひくからなぁ、こういう時期がヤバいんだよ」
「めんどくせぇ」
「風邪ひいたあとのほうがめんどくせぇだろーがよ! 仕事溜まるぜぇ」
「ちっ」
たまには理にかなったことを言いやがる。
適当に脱ぎ散らかした服を探して部屋を歩き回るスクアーロは裸足のままだ。こっちにはもう一枚アウターを重ねろというのに、自分は長袖の薄いTシャツに細身のパンツだった。適当に脱いで転がしたブーツを拾ってきて、紐をぎゅうぎゅう締め付けている。爪先をとんとんと叩いてばっと立ち上がると、くるっとこちらを振り向いた。つややかな銀の髪が、ワンテンポ遅れて背中を追いかけた。
「俺ちょっと着替えてくるわ。夕食はルッスリーアがフルコース作るって言ってるから、もう仕込んでるかもなぁ」
「あ゛?」
「……今日、誕生日だろぉ? 一応残ってる奴らでパーティするからさ、迎えに来るさぁ」
「ここは俺んちだぜ」
「…まぁそうだけどな。気分だよ、気分。どうせ汚れるから、あんまいい服着てくるなよ」
「おまえが選べ」
「はぁ? ……あ、あー、…しょうがねぇなぁ」
わがままを言っている自覚はあった。
それをいつもよりも早く受け入れるスクアーロは、一応今日が特別な日だということを理解しているのか? 
そこまで頭がいいとは思わないが、無意識だったらそれはそれですごいことだ。ようやくそこまで出来るようになったのか? 
今日のザンザスは機嫌がいい。
久しぶりにむさぼったカスザメは脂が乗っていてとろけるようだったのだ、満足するまで味わった。少しは気を使っているのか、それとも興が乗ったのか、普段より乱れ狂う姿はたまらなかった。そうだ、夕べからたっぷりとそれを味わったのだ。
久しぶりだったというのもあるが、やはりこの体を抱きこんで眠るのは気持ちがよかった。

じゃあとでな、そういいおいて軽く頬に口を寄せられる。
まるで家族にするようなハグとキスを残して、スクアーロは部屋を出て行った。










 


2008.10.9
たぶん31歳か32歳くらい。
ボスは意外と根っからイタリアンな気がする…。


Back
inserted by FC2 system