支配者のひそかな愉しみ
 

「来い」
「ぁあ゛?」

相変わらずボスさんのすることはいつも唐突だ、とスクアーロは思う。
思うが、そういつもそう思うが、それについてどうこう言っても詮無いことなので結局思うだけだった。
大体それくらい、この男は超直感とかでわかっているらしい。
それってどんなことなんだろうな?
他人の意思をあまり頓着したことがないが、
自分の上司のことは四六時中考えているスクアーロはそんなことを考えた。
上司は彼の考えていることはうっすらと理解しているようだが、
今日もなんだかそんな感じで、意味がわからないがとにかくついてゆく。
早足に歩くボスの後を小走りについてゆくと、
通りすがりの部下に「ちょっと出てくる。連絡は携帯によこせ」とだけ言い置いて玄関へ向かっていった。
町へ出るのか。それなら自分の仕事は普通に護衛なのだな、そう理解してスクアーロは後に続いた。

珍しく上着に袖を通したザンザスが車を向けた先は、お抱えのブランドのショップだった。
顔を見るなり奥へ通される。
ブラックカードの顧客の一人であるボンゴレのボスの息子に、
促されない限り店員は目を合わせることはない。
店の奥のVIPルームの戸を開ける店員の前をスクアーロは先導して部屋に入り、
その後をザンザスが鷹揚に入ってゆく。
ドアを閉める店員からノブを受け取って閉めるのはスクアーロの役目だ。
その後で店員に促されてソファに向かう上司の姿を捉えつつ、
室内のものの位置や動きを凝視するのも、また彼の仕事だった。
ドアの脇に立って、ボスにコーヒーを勧める店員の動きに気を配る。

「おい」

呼ばれているのに気がつかなかった。

「おい、こっちこい」
「あ゛?」

自分に向かって目だけで合図する。
せめて名前くらい呼べよ、そう思いながらソファによれば、
ザンザスはスクアーロを指差してこう言った。

「今日はスーツをオーダーしたい。俺のぶんとこいつのぶん、二着をな」
「え゛?」
「どういった用向きで?」
「パーティに出なくちゃいけねぇ。前に作ってもらってからだいぶたつんでな、新しいのを頼む」
「かしこまりました」

店員は恭しく例をして、奥の部屋に移動し、店員に何かを指示していた。

「う"ぉお"い…今日の用事ってのはこれかぁ」
「そうだ。まったく片腹痛いが、これから社交シーズンだからな。忌々しいが、仕事だ」
「アンタそういうの嫌いだもんなぁ」
「あんな見世物、好きなやつの気が知れねぇ」
「まぁ、…そうだなぁ」

もともとザンザスはあまり外に出るのが好きではない。
社交的とも言いがたい性格をしているのももちろんで、
その地位を考えれば、仕事とはいっても楽しいことばかりではないことは
容易にうかがい知れる。人前に出るときの彼はまさに見世物なのだ。
その出自やその容貌、その地位、その血統、そしてその能力、
そういうすべてのもろもろのことについて。
もちろんそこには彼の顔に刻まれた過去の傷跡も含まれていた。
普通の人間なら醜悪にすら見えるそれを、唯一無二のアクセサリーとして、
表情の彩りに変えるだけの威力を持つことができる男は、そうそういないのだ、ということも含めて。
スクアーロは彼がそんなふうに扱われることが不快でしょうがない。
本人は不愉快だと思っているが、怒りを感じるようなことはないようだった。
そんな程度のことを言うような下賎な人間は、相手にしていないのかもしれないのだが。

「ついでだから貴様の分も作ってやる」
「俺は別に…」
「護衛の貴様がみっともない格好してたらぶっ殺す」
「あー、……はいはい」

部下の装いも上司のステイタスの一つではある。
それはまったくそのとおりで、
確かに正装用のスーツは最近あつらえたことなどなく、
普段は隊服ですませているのだが、それではまずいと判断されたのだろう。
代金は天引きになるのだろうか。

「施しだ」
「え?」

それだけ言ったところで、店員が布地のカタログと、
トルソーに着せたスタイルのサンプルを持ってきた。
こんなときにまで勝手に人の心を読むなとは思ったが、
スクアーロのボスはもうそんなことに興味のない風体で、
従業員の説明を静かに聞いている。
黙っていれば本当にいい男なんだよな、などと
そんなことをスクアーロはぼんやりと思った。
あまりに毎回思っているので、すでに感想でも感動でもなく、
ほとんど日常的に考えていることではあったが。

 

「では三日後に仮縫いにうかがわせていただきます」
「ああ」

全身の計測をされている間、とにかくボスの視線が怖かった。
ザンザスはそれこそ穴が開くほどスクアーロを見つめている。
それもまぁいつものことではあるのだが、スクアーロはそれにいつまでたっても慣れない。
なんか怒られるようなことしたかなぁ、とスクアーロは店に入ってからのことを思い出すが、
原因になるようなことが思いつかない。
スクアーロには上司の機嫌が、悪いのと悪くないの違いしかわからないからだ
(そしてそれは機嫌がいいということとイコールではない)。
採寸が終わると射るような視線ははずされて、
店員と一緒に生地とスタイルを選ぶ段階に入る。
ザンザスは肉の厚い体を持ち、色素の濃い肌を髪を持っているので、
それを鈍重に思わせないデザインを(しかしそれは威風堂々とした威厳と紙一重だ)選んだ。
対して色素の薄い、体の厚みもあまり感じないスクアーロには、
それが貧相に見えないすっきりしたデザインを。
細く絞ったラインはイタリアンの特色であるが、それには節制と鍛錬がなくてはならない。
ナルシストの美意識を持つ、世界一男を美しく、色っぽく見えることに長けているデザインの国のスーツは、
まだに夜のドレスよりも優雅に仕上がるだろう。
サイズ表を確認するようにと促され、各人のサイズを眺めていたザンザスは少し眉をひそめた。
妙に疲れたスクアーロは、隣のソファの背に体を預け、ぐったりと身を伸ばしている。
その腕をいきなりつかまれて、おもわず姿勢を崩した。
何があったのかと思う間もなく、なぜか主の腕に引かれ、手の平を握られる。

「……? ???」

黒い革手袋に包まれた指をつくづくと眺めていたと思ったら、
スクアーロの主は急に興味がなくなったように、それをぽいっと投げ捨てた。
主がムラッ気のある行動を起こすのは、それこそ本当にいつものことだったので、
あまり気にはしなかったが、しかしそれにしても意味がわからない。
主はさらさらとサインをして、仮縫いの日取りを店員と打ち合わせを始めた。
三日後に仮縫い、こちらに出向く余裕はなさそうだったので
迎えをよこして出向いてもらう話をつける。
カードを渡して支払いを済ませ、ザンザスは立ち上がってさっさと店を後にした。

「仮縫いがあるんのかぁ?」
「そのほうがいいのができるからな。せいぜい期待してろ、カス」
「? ボスは何着ても男前だろぉが?」

そんなことを言うスクアーロに、しかしザンザスは口元を少しゆがめただけで済ませた。
奮発と反感と宣言をこめて、二人で並んだときに
最高のコンディションになるような設定でスーツを選んだ。
細かい地紋の入ったシルクのシャツもおそろいにした。生地の色身が少しだけ違うものを選ぶ。
それを纏ったときのカスのシルエットの美しさを考えると、口元が緩むのがわかった。
出来上がるのが楽しみだ。

スクアーロを飾り立てるのはザンザスのひそかな楽しみでもあったが、
しかしこのカスザメは困ったことに、
自分の容貌についての価値をいまだにまったく見出していない。
顔にだけは傷跡を残さないのはある意味一流の証拠でもあるのだが、
彼にとってはそれ以上の意味はないのだ。
自分の一番身近にいて、一番多く人目に触れる人間を
着飾らして見せびらかしたいのは男の本能だ。
パーティに同伴するのは彼だけではないが、しかし新しいスーツを着たスクアーロを
見せびらかしながら会場に入るのは、さぞ心地よいことだろう。
採寸した奴の手つきが妙にいやらしかったのだけは気に入らないが、
お針子に同性愛者が多いのも有名な話であることだし、あの店は腕がいいので壊すのは惜しい。
ラインを崩さないようにセックスも控えろとは誰の言葉だったのか。
もちろんそんなことをする気など、ザンザスにはこれっぽっちもなかった。






 


2008.10.7
我が身を焼くは憤怒の炎 の最初のところを書いてみた。
この落ち着きっぷりだと30近いんじゃないのかな。


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