おにのうち




険しい顔をした部下から半ば押し付けられた物を手に、通路を歩いてほんの僅か。
正にいま出て来たばかりの場所へ向かうのだろう、奇妙な姿の部下に会った。
談話室へ向かうのだろう、時代遅れの金髪の武士に。

「あー、ボス!!スク知んね?」
「…なんだ、そのナリは」
「え?マメマキ?」

何かさあ、カミシモとか言うの着けて撒くんだって。
王子ただブン投げるだけだと思ってたんだけど、ムッツリが言うから用意してみた。
似合う?
似合うっしょ、だって俺、王子だもん!!
そう言いながら陽気に笑うベルの手にある物は、見ないふりでもしてやるべきか。

手の中のそれと、飛び出した良く知る名前と。
安易過ぎる想像がまず間違いはない事を、嫌々ながらも確信しつつ。
深い息と共に己が吐いたのは、予想外に低い声だった。

「で?カスに鬼でもやらせるつもりか」
「うん。だって棒振り回すんだぜ?
 スクかレヴィしかいねーし」

いや、他にも居るだろう。むしろ下っ端が居るだろう。
幹部に豆をぶつける下っ端の身にもなれ、誰もがテメェと同じようなぶっ飛んだ頭は持っちゃいねえんだ。
そうして。

「てゆーかさ」
「あ?」

かく、と首を傾げたテメェが、その縞の衣装を着せたい相手は。

「ボスもやんの?マメマキ。すげー量抱えてっけど」

大きな升を手渡すついでに、ルッスーリアが心配を見せた銀の魚は。

「ベル」
「ん?なに?」
「俺は撒かねえ。これは食うんだ」

歳の数だけ食うらしい、ルッスーリアに渡された。と。
升を軽く振れば解ったのだろう、聡い部下は目測だけでそれが何かを解ったのだろう。
すげー量、と言うだけの数の豆は俺の歳にはまるで合わず。
2人分だと理解したと同時に、様々な事を理解した筈だ。

あれはひどく疲労していて、例えば豆を受け取る為でも起き上がる事も出来ず。
その疲労はこうして大人しく升を取りに来た、多少なりとも罪悪感を感じている俺のせいであり。
そうして。

「鬼は下っ端にでもやらせとけ。テメェはたとえ豆であっても、俺のモンにぶつける気はねえだろう?」

違うかベルフェゴール。

殊更にゆっくりと紡いだ言葉が脅迫でないと思う程、この部下は愚かではない。
俺のモンは、そう簡単に手を出して良いモノじゃねえだろう。
違うか?ベルフェゴール。
お前は賢い知っている筈だ、あれに手を出されるのを良しとする程、俺が寛大な男じゃねえ事を。
視線で問うまでもなく、すうっと小さな口元が閉じる。
そうだ、お利口だ、怠惰の王子。
天秤のように片側だけ唇を上げて笑えば、いまだ細い肩がぴくりと揺れた。

「それ、そのまま食うの?」
「そうらしいな」
「もしかして王子、ボスの邪魔してる?」

再びの沈黙と微笑に、今度はゆっくりと唇が笑った。ひっくり返った三日月のような、鋭い角度の悪どい笑顔。
衣装には合わない執事の真似で恭しく頭を下げると、揃えた指の先で通路の奥を指し示した。

「どうぞお通りください、我等の王様。ししっ」

ふざけた仕種に鼻を鳴らし、緩やかに歩を進める。
ふと気粉れに振り向けば武士はまだ暗い通路で、律儀に俺を見送っていて。

「レヴィでも探してそれを穿かせろ」

ただし、騒がしくするな。そう告げた途端に翻った袴の裾は、歓喜に満ちてはためいていた。
せいぜい逃げのびる事だな、レヴィ。




暖かな部屋に戻れば、天蓋は閉じたままだった。
閉じているという事、その中に閉じ込めたという事。
それを果して理解しているのだろうかと思い、魚類の絶望的に小さな脳に溜息を吐くのはいつもの日常。
足の早い銀の鬼に、手にした豆でもぶつけてやろうか。
足疾鬼、韋駄天。仏の骨を盗み出し空を駆けたと言われる鬼。
手元から飛び立つ姿に見えるものは角ではなく、翼だという己の病。
深刻な病状だ、死に至る病は絶望ではなく実は恋慕ではないだろうか。

もしも。俺が恋慕で息の根を止めたら。

お前は俺の骨を抱き、何処かに走って逃げてくれるか。
誰にも渡さず胸に抱いたまま、夜を抜けて駆けてみるか?

邪気を払うというこんな小さなものでさえ、投げつけられぬ深刻な病。
ウイルスよりもタチの悪い男の顔は、穏やかに眠っていて。
傍らに升を置き豆を含めば、乾いた音にか気配にか青い瞼が小さく震えた。

「…なに、食ってんだぁ」
「豆だ」
「待てぇ、毒味、させろぉ…」

ほら、どうしようもない。頭が悪い。
目覚めのキスも寄越さぬ男に、漏れた苦笑はどうしてくれる?
乾いた唇に乾いた豆を押し付ければ、薄いそれが僅かに開く。
開いたそれを放置するほど、俺の恨みは軽くはない。

その上。
この朝はじめのお前の舌を、豆に渡す道理があるか?

白い頬を滑らせた豆は、寝乱れた銀の海に落ちた。
迎え損ねた舌にはだけれど、己のそれをしっかり絡めて。
抗議のようにうるさい右手に、己の左の指を絡ませる。
ぴくりと動いて諦めた右手が。愛らしくてたまらないとは、唇から伝わっただろうか。

名残と味を惜しみながら静かに肌を離していけば、腫れた目尻は余韻に染まり己の目を楽しませる。
そうだこれは此処にあるべきだ、俺の目の前でくるくると活きの良い姿をさらすべきだ。
今は少しく疲れた風情が、近頃増してきた艶をいっそう美しく深めてみせて。
満足感に浅く笑むと、額に微かな衝撃を受けた。

「…えろ鬼、撲滅」

ころころと転がった小さな豆と、小さく尖らせた濡れた唇と。
2週間ぶりに会った男の子供じみた報復が、訳もなくおかしくて。

「撲滅したらテメェが困るぜ?」

笑いながら囁けば、慌てたようにシーツに隠れた。
さて。
閉じ込めたこれをどうするかは、俺の思うままだろう?
鬼の住み処に閉じ込めたお前を、どう焼いて食おうが煮て食おうが。

「…困んねぇぞぉ」
「そうか」
「そうだぁ」
「俺はテメェが撲滅すりゃ困るがな。明日も見えねえ」
「ゔ、そつけぇ!!」

ぴちり跳ねた足の鰭を撫で回そうが、それは俺の勝手だな?スクアーロ。
落ちた豆を含ませて、咀嚼する様に浮かべた笑みは。
傲慢な鮫の目も潤むほど、色を含んでいたらしい。

「ゔお゙ぉ…邪悪で怖ぇぜえ、アンタの笑顔」
「…良い度胸だ」

テメェの魚脳のド真ん中に、豆でもぶつけて壊してやりてえ。







2010.2.16
豆まきをはるかに過ぎてアップとかのろすぎるだろ!と自分を叱咤したい…
DANCEの節分フリー小説でしたっ! ごちそうさまww

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