何やらキッチンの方が騒がしい。
ヴァリアーは今年、日本に来て年を越している。
大義名分は「ボンゴレ10代目沢田綱吉の故郷を知る事」だが、豪華で広い古式ゆかしい別荘では、彼らにわかるのは開国前の大名の気持ちだけだろうと思われた。単に正月が三日もあって楽だからこっちに来たのだ。
日本建築の別荘にしきつめられた畳の上に転がって、正確にはその上に設置されたこたつの中で、ザンザスはごろんと横になっていた。昨日の夜から、スクアーロはあまり構ってくれない(寝室以外で)。ルッスーリアと一緒になってオセチとやらを作っているのだそうだ。
意外とそういうスクアーロの趣味を邪魔すると機嫌を悪くするので、ザンザスはどうしようもなく、ただそこにごろんと転がっていた。
温かいのはいいが寝る事以外に何もしたくなくなって、みかんの皮が行儀悪くテーブルの上に散らかっている。
まだ正月一日目だが、三日間こんな調子で放置され続けたらキノコでも生えそうであった。
キッチンの騒がしい音が聞こえて来る。
ルッスーリアが取り仕切っていて、スクアーロが補助しているのだろう。そしてそこへマーモンを抱えたベルが割って入って、いろいろとつつき回しているらしい。どたんばたんと、とても料理をしているとは思えない足音がする。
「ねぇこれ何?」
「それは栗きんとんって言うの」
「栗なの?」
「手を突っ込むなぁ!」
「うしし」
「ベル、僕にも栗一個とってよ」
「はい」
「俺の話聞いてたかぁ!?」
「ベルちゃんったら、おイタしてると皮剥いじゃうわよオホホ」
「ししっ…ごめんなさい」
あぁ、ベルが負けた。
目を閉じながらそんなことを思って、一瞬だけ静かになったキッチンを想像してみる。
鍋の前にルッスーリア、水道で野菜を切るスクアーロ。邪魔にならない壁際にいすを置き、ベルが暇そうに座りながら足をぶらぶらさせている。マーモンはベルの腕の中で、もぐもぐと口を動かしている。栗一つで、あの小さな口を満たすには十分だ。
和やかすぎる景色にふっと自分の口元が緩んだ気がして、ザンザスは誰もいないのに慌てて眉間に皺を寄せた。
目は閉じたまま、上の方にある気配を探る。生真面目なもう一人の同僚が、屋根の上でいらないと言ったのに見張りをしているのだ。彼は座っているのか立って
いるのか、わからないが、とにかく人の通りさえまばらな日本の正月の朝とあってはとても退屈で寒い事だろう。しかし、気配は変わらずそこにある。
ザンザスは身を縮めるようにして、更に深く布団を被った。
「ベル、おら、これならちょっと位食ってもいいぞぉ」
「これ何?」
ザンザスの緩慢な睡魔に、ベルとスクアーロの声が割って入って来る。
彼も、最初はそれをBGM程度に聞き流していた。
「黒豆」
「黒いんだけど。王子これには手ー入れたくねー」
「あぁ?しょーがねーなぁ」
だが嫌な予感に、ザンザスは目を開ける。
スクアーロのやれやれと言った調子の声。
「ほら、入れてやっから口開けろぉ。あーん」
―――――ベルがスクアーロに続いて「あーん」と言った、その瞬間には、ザンザスはこたつから出てキッチンに向かっていた。こたつ布団がめくれて、中の温かい空気がさっと逃げ去っていくが気にしない。
キッチンまで半ば小走りで行くと(ほとんど距離はなかったが)、ザンザスは勢い良くその引き戸を開けた。
ばん!と嫌な音がする。
中では先ほどザンザスが想像したのと大体同じように、スクアーロが長い箸で黒豆をベルの口に入れてやったところだった。その下ではマーモンも、ひな鳥みたいに口を開けてスクアーロを待っている。ルッスーリアもスクアーロと同じ箸を持って、ザンザスの方を振り返っていた。
いきなり入って来たザンザスに驚いた顔をしつつ、スクアーロが少しだけ嬉しそうに笑う。ベルに合わせて曲げていた背を伸ばし、よぉボス、と言いながら首を傾げた。
「どうしたぁ?」
「俺も…」
「……え"?何を?」
ベルと、それまで黙って作業していたルッスーリアが吹き出した。
だが今、ヴァリアーのボスは正月休暇の最中なのだ。ザンザスはスルーしてやる事にした。
「…………悪い、ボス、わかんねぇ…」
ベルが笑っている。ルッスーリアは口元を抑えて震えている。マーモンはふん、とため息をついた。
ザンザスが何をしてほしいのか、わからないのはスクアーロだけだ。気まずげに頭をかく、その顔からはいつも自信は消え失せていた。
ザンザスもまさか「あーんってして欲しい」と言うわけにはいかず、ましてやベルやマーモン相手に妬きましたと申告するわけにはいかず。
「…………とにかくてめぇはもう手伝うなカスが」
「はっ!?」
「まずくなる」
――――言葉に詰まったザンザスは、結果的に一番無難な(彼的には)線に落ち着いた。
スクアーロが「なんでだぁ!」と不満を露にして手に持った箸を上下にぶんぶん振っているが、そこは別に、後で情熱的なキスの一つもしてやれば大人しくなる
から大丈夫だ。とにかく可愛くも抜け目ない子供達(彼的には)から引きはがすべく、ザンザスはスクアーロの腕を掴むと箸だけベルに手渡して、キッチンから
連れ出しにかかる。
「ちょ、待てよぉ!まだオセチが…!」
「あ、あと10分くらいでお雑煮出来るし行ってていいわよ。おこたの上拭いといてちょうだい」
「…お、おぉ…」
「はん、じゃあなカスども」
台拭きを持ったスクアーロを引きずりながら、キッチンのドアを再びばん!と閉める。
「全くなんだってんだぁ…」
こたつに引きずられながら、スクアーロがぼやいた。まだわかってないらしい。永遠に言わないから永遠にわからないに違いない。
後ろのキッチンから、ベルの声が聞こえて来る。
「あ、ルッス。お餅が焼けたよ」
なんだか腹立たしいのでザンザスはスクアーロを抱きしめて、朝食前にしては濃すぎるキスを一つ、その口に飲み込ませてやった。
突然抱きしめられて驚いた顔と、キスされてふやかされたような顔は、なかなか良かった。
スクアーロは今年も美人だ。
ハッピーニューイヤー(END的な)