十年前から愛をこめて
「そういえばさ」

長い通路を逆に戻る。
並盛駅前の地下ショッピングセンターの、メンテナンス業者しか入らないような通路を皆で歩いて戻った。
ここに入ったのはたかだが半日くらい前だったはずなのに、ひどくむかしのことのように綱吉には思える。
この地下にあれだけの建物があったなんて、今でも想像つかない。
そこであれだけ激しく戦ってきたのに、歩いている地下街は何もなかったように静かだ。
歩いている綱吉たちの足音以外は、遠くでざわめきのような機械の動く音が聞こえるばかり。
みんなの怪我は山本の雨の炎で一時的に痛みを取り除いていたので、動くのにそれほど支障がない。
晴の活性の力を使える笹川了平はさっき来たばかりで何もわからないので、治療を頼むことは出来ない。
了平はいろいろなことを知りたがったが、うまく説明できないので、ボンゴレの支部についてからでいいかといえば、了解してくれた。雲雀もしぶしぶ了解してくれて、珍しくムカつかないで皆の後ろを歩いている。草壁が大人なのに、何か思うところがあるようすだ。

「ラル」
「なんだ?」

草壁さんに背負われているラルミルチも、だいぶ顔色がよくなった。
これで支部に戻って治療すれば、少しは元気になるんじゃないんだろうか、と綱吉は思った。

「前にも思ったんだけど…、……10年後の俺たちって、…イタリアの、…ザンザス、…ヴァリアーと、…その、……仲良く……っていうか、……うまくやってるの?」
「あいつとか」
ラルがはぁ、とため息をついた。
「え? …あの、なんかマズいことしてたの?」
「ジャンニーニが、……ボリュームに気をつけろ、と言っただろう?」
「あ、…うん」
「そういうことだ」
「え?」

これで話を終わりにするつもりなのか? と綱吉は慌てて先を続ける。
そんなこと言われても意味がわからない。というかどういう意味?

「はぁ? ラル、それどういう意味だっ」
ボロボロなのに獄寺はこういうときにすぐ反応する。
脳震盪を起こして気絶していた山本はすっかり回復して、獄寺に肩を貸しながらニヤニヤしていた。
「あ、俺わかるかも、なんとなく」
「くっそてめぇ一人でうれしそうにしてやがったな、山本」
「つまりさ、いつもあーやってスクアーロがなんか叫ぶのな? ツナに連絡入れるときは」
「あ」

いつも。
そういえば前に極秘通信が来たときも、ラルはすぐに「音声を下げろ」って言ってたっけ、ということを綱吉は思い出した。
つまりはスクアーロイコール大声で叫んで一喝、ということを、ラルもジャンニーニも知っている、ということなのだ。
つまりは普通に連絡が取れるような関係、ということなのか。

「日本支部を作って、雲雀と共同で使うようになってから、…守護者の半分はイタリアに、半分は日本にいたからな。手薄になったぶん、ヴァリアーとは共同で戦線を張っていた。こちら以上に、あいつらはプロだからな」
ラルがそう呟く。それは隣を歩く綱吉には聞こえる程度の声で、後ろを歩いている獄寺たちにはかろうじて聞こえるかどうか、というところだった。
「そうなんだ…?」
「情報も共有していたし、……かなり多く、守護者同士で行き来していた。おまえと、…ザンザスも、争奪戦の当時から考えれば…かなりマシな関係に、なった」
「そういえば、ラルって争奪戦のこと、知ってるの?」
「俺は当時、門外顧問…家光と一緒に、本部襲撃に加担したからな……」
「じゃあ、……争奪戦のあと、ザンザスたちがどうなったのかも、知ってるんでしょ」
「……寛大な処分だったと聞いている」
草壁とラルの顔色が悪い。前方の照明が消えていて暗いせいだと思いたい。
「ザンザスは、…10年後の俺を知ってるんだね」
「知っている。そう頻繁には会うことはないがな。互いに立場というものがあるから、公の場ではよく顔をつきあわせていたと聞いている」
「そうなんだ…」
綱吉は足元を見るために視線を前に戻した。
ラルミルチは話をしたので疲れたのが、また少し目を閉じて、草壁の背中に体を預けている。
「ちょっとなんだか驚いた。……俺、ほんの1ヶ月前まで、戦っていたのに」
「…そうだったな」
ラルミルチはそう答える。後ろでそれを聞いていた獄寺も山本も黙り込む。さらに後ろを歩いている髑髏とそれに肩を貸している笹川了平と、イーピンとランボをつれている雲雀はそっちで、ぼそぼそ小声で話をしていた。
「みんな元気だったんだね…」
それぞれがそれぞれの上に流れた10年を、いまさらのように綱吉は思う。

頼りがいのある大人になっていた笹川了平、一層凶暴で凶悪になっていたけれど、手加減をしないで鍛えてくれた雲雀、傷ついた顔と手馴れた戦い方に過ごしてきた経験を感じさせた山本武。少しだけしか会えなかったけれど、本当に哀しそうで辛そうだった獄寺隼人。
何度か会った事がある15のランボ、こちらではなくイタリアに、骸も髑髏もちゃんといたのだ。
10年たった姿で、つまりは皆、10年生き延びたということで。
争奪戦の最後に見たのは、血まみれで地面に倒れていたザンザスと、傷だらけで車椅子に座っていたスクアーロだった。あの二人が、十年たってもまだ元気で、生きていて、たぶんいろいろあったんだろうけれども、ああやって、通信を入れてくれて、声を聞かせてくれて。入江正一の話から考えれば、この作戦を了承していた10年後の自分の命令を、つまりは10年後のザンザスは聞いてくれた、ということなのだ。本部も支部も、どれだけ打撃を受けたのか、……聞いていたけれど、それでも、彼は。

「でもそれって、10年後のオレ、ってことなんだよね…」
10年。14の自分には、10年前の記憶などほとんどない。でもこのあと、10年後の自分には、10年前の自分の記憶はあるんだろう。大人になる、というのはそういうことなんだろうか――と綱吉は思う。
「十代目」
後ろで獄寺が言う。
「とにかく、―――俺たちは全員生きていて、イタリアでもミルフィオーレの本部は叩けたんですよね。10日後にどうなるかはわかりませんが、――チャンスは、あるんですよ」
「そうだね」
人を守ることは、思ったよりも大変だ。手には余る、たくさんかかえてこぼしてしまわないとも限らない。いや、もしかしたらもう――脳裏に父と母の姿が浮かぶ。けれども。
「やれることを、するしかないってことだよね。……ちゃんと10年、やってきた証拠も、今さっき聞いたし」
10年。
ついこの間、初めて出会った異国の親戚が、10年――10年で、あんなことを言ってくるようになった時間が、今の自分と今の彼との間に流れていたのだ。姿は見ることは叶わなかったけれども、30を越えているザンザスは――どんな姿になっているのだろうか。
「なんかさー、24のオレも全然、想像つかなかったけどさ、――34のザンザスなんて、もっと想像つかないよ」
「え、ザンザスってそんな年なのか?」
「スクアーロより2つ上だって話だからそうじゃね?」
「……オレマジで想像つかねぇ…」
「あれー、そういえば確かツナの母さんってそれくらいじゃなかったっけか?」
「えええ? …あ、そうだ」
獄寺と山本と綱吉は、そこでつい顔を見合わせる。マジでか、おいおい、どこをどう突っ込めばいいのか14歳の中学生にとってそれは、まったくもって想像の範疇にない事実。

「すごいぞ」
ぼそっとラルミルチが呟いた。
「え?」
「すごいって何がだ」
「まさかザンザスのこと?」
草壁の背中のラルはほぉっとため息をついた。やれやれ、そんな声が聞こえそうな勢いで。
「30を越えてからのザンザスはものすごい男振りでな。とにかく結婚の申し込みがダース単位で来るんだ。CEDEFにまで嘆願書が回ってきて、ラブレターの処理に追われていたこともあったな。特にノエルはひどかった」
「……そんなに?」
「こんなになる前にはな、…プレゼントがトラック一台分、届いたこともあったんだぞ。誕生日とノエルの折に」
「マジ? それ比喩とかじゃなくて?」
「倉庫がものでいっぱいになってな。検査するのに半月もかかった。面倒ばかり押し付けやがって」
「はぁ……想像つかないや」
ラルはそれが心底苦々しい思い出なのか、眉をしかめて吐き捨てるように言う。
「アイツはオレたちに面倒を押し付けて、オレたちが右往左往しているのが、おもしろくて仕方ないんだろう」
「……仲、悪いの?」
「よくはない」
即答されて、綱吉は苦笑した。背後で二人とも、同じ反応。
「あのデカい声に至近距離で叫ばれてみろ。耳がどうにかなる」
思い出すだけでうんざりするのか、ラルは目を閉じたままで返事をする。
「まぁ、おまえも、……ザンザスと、酒を飲めるようには……なっていた、からな…」
「え?」
「食えない…男に、…な……」
ラルの声が小さくなる。ずっと気を張っていたのが緩んだのか、気絶するように眠ってしまったようだった。
「……なんかすごいこと聞いた気がしない?」
「…十代目、流石ですね。あのザンザスと酒を酌み交わすようになってるなんて…! アイツも十代目を認めて、したがっている、ということなんですね!」
獄寺はなんだかひどく嬉しそう。足が時々もつれているのに、こんなときまで気を使わなくてもいいのに、と綱吉は思う。
「――考えるだけで悪酔いしちゃいそう……」
「34と24かぁ、なんだかすげぇな! 大人同士じゃねぇか、すごいのな!」
山本は嬉しそうに言う。
「とにかくまだ10日あるんだ。入江もスパナも仲間になったんだし、ヴァリアーもいるんだってわかったし。そのうちディーノさんにも会えるかもしんねぇだろ? 雲雀もいるし、先輩もいる。大丈夫だって、ツナ!」
「そうだね」
通路にはもう敵の気配がない。GPSを見れば、もう少しで出口になる。突入してからの時間を考えると、外はもう夜が明けていて、ショッピングモールも開いている時間のはず。
最後のドアを開ける。さあっと空気が入ってくる。これは外の空気、十年後の世界の空気、並森町の空気。

ああ、戻ってきたんだな――長い夜が明けたことを、ようやく綱吉は実感した。




2009.3.14
標的219ネタ。なんだか10年前の綱吉ってヴァリアーにとってはどんなもんなんだろーなー?

Back
inserted by FC2 system